求道blog

硝子戸の中

Posted in 日本文学一般 by UBSGW on 2006年5月15日

夏目漱石の随想録を読了。ここのところ、夏目漱石の著作の一文一文が心に染み渡ります・・・。漱石の内省的な性格が現れていると感じる、印象的な一文を引用します。

 私は何でも他(ひと)のいう事を真に受けて、凡て正面から彼等の言語動作を解釈すべきものだろうか。もし私が持って生まれたこの単純な性情に自己を託して顧みないとすると、時々飛んでもない人から騙される事があるだろう。その結果陰で馬鹿にされたり、冷評かされたりする。極端な場合には、自分の面前でさえ忍ぶべからざる侮辱を受けないとも限らない。
 それでは他はみな擦れ枯らしの嘘吐(うそつき)ばかりと思って、始めから相手の言葉に耳も貸さず、心も傾けず、或時はその裏面に潜んでいるらしい反対の意味だけを胸に収めて、それで賢い人だと自分を批評し、また其所に安住の地を見出し得るだろうか。そうすると私は人を誤解しないとも限らない。その上恐るべき過失を犯す覚悟を、初手から仮定して、掛からなければならない。或時は必然の結果として、罪のない他を侮辱するくらいの厚顔を準備して置かなければ、事が困難になる。・・・私は悪い人を信じたくない。それからまた善い人を少しでも傷つけたくない。そうして私の前に現れてくる人は、悉く悪人でもなければ、またみんな善人とも思えない。すると私の態度も相手次第で色々に変わって行かなければならないのである。
 この変化は誰にでも必要で、また誰でも実行している事だろうと思うが、それが果して相手にぴたりと合って寸分間違のない微妙な特殊な線の上をあぶなげもなく歩いているだろうか。私の大いなる疑問は常に其所に蟠(わだかま)っている。

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