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歴史と報道の見方

Posted in 日本文学一般 by UBSGW on 2006年5月28日

阿川佐和子さんが”義”というテーマで書かれたエッセイから引用します。

・・・たまたまテレビを見ていたら、曾野綾子さんがコメントしていらっしゃいました。曰く、「・・・今度のことで多くの人々が『報道は間違ったことを伝えないと信じていたのに、それを裏切られた』と言っているようですが、それがそもそも勘違いのもとなのです。歴史的に見ても、・・・テレビや新聞は正しいことを伝えてはこなかった。弱者の味方と云いながら、強者の言いなりになっていることもしばしばありました。報道が真実を伝えていると思いこんではいけない。その事をみんなが認識するきっかけになった・・・。」と、・・・そんなことを話しておられたと思います。
私は曾野さんの話を聞きながら、大学時代の歴史概論の授業を思い出しました。歴史というものは、所詮、人間の手によって書かれたものである。書き手によって、同じ事件にもさまざまに違った解釈が生まれる。だから、歴史に真実はない。歴史書に書かれていることが、すべて正しいと思うのは危険である。だからといって歴史書は不要かというと、そうではない。真実ではないと認識したうえで、歴史書を読むことが大切だ。そう教授がおっしゃったとき、へえ、なるほどねえと思ったものです。

阿川弘之・佐和子『蛙の子は蛙の子』筑摩書房1997
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