求道blog

パラマハンサ・ヨガナンダ

Posted in 人間心理 by UBSGW on 2006年6月20日

ヨガナンダ『あるヨギの自叙伝』読了。

この手の本はキワモノばかし、というのが私の印象ですが・・・。
この本に関しては(一部私には理解不能の部分もありますが)納得できる部分もありました。厚手の本ですが、一読の価値ありかもしれません。

読みながら、中村天風の著作を彷彿とさせる部分が随所に散見される事に気付きました。そんなことから私でも「なるほど」と思えたのかもしれません。
数十年間一切食物を取らずに生きている女性の話などに関しては、実際「・・・・」と思ってしまいますが、それでも頭から否定せずに「ほぅ」というくらいで読み進めてよいのかもしれません。今から一千年前の人間に飛行機の事を話しても誰れも信用しなかったであろうと考えれば、今から一千年後に「昔の奴はしょっちゅう食ってないと死ぬと思ってたらしいよ」と語る人が居ても不思議ではないのかも。

特に印象に残ったのは、”内面の声に耳を傾ける”(そういう書き方ではなかったかもしれませんが)ということです。天風の著作では、”天の声”、”地の声”と云う風に記述されていた部分と共通するのかもしれません。

”内面の声”だって??それって結局自分の内心の声の事でしょ!?

いや、それとはどうも違う気もします。
実際、ある心理状態の時に、自分であって自分でない、という感覚を持つ時があるように思います。私は楽器の演奏中にそう感じる事があります。(時々ですが。)
また、「なにかヘン」と感じることとか、虫の知らせなどの話をしばしば耳にしたり体験したりすることがあるのを考えれば、一概にそうしたものを否定は出来ないようにも思います。

さらに、人間の心理はあくまでも個人的なものと考える事もできるのでしょうが、もっと開かれたものだと考える事も出来るような気がします。C・G・ユングの集合的無意識という概念もありましたね。

といっても、結局はそうした集合的無意識の実感が個人的なものであれば(個人的なものである以上)、その実在を(『国家の品格』風に言えば”論理的に”)証明できないのかもしれませんが。

でもまあ、証明できるにせよできないにせよ、内面の声というものもあると考えることで、或いは信じることで人が有意義に生きることができればそれ以上何かを求める必要はないのかもしれません。(何を以て有意義とするかはここでは述べません。強いて言えば”心安らかに”といったところでしょうか)

そんな訳で、キワモノ扱いせずに読んでみても良いかな、と思える本でした。
P.S.表紙に大きく載っている著者の写真がちょっとインパクト強いです。

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