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ひき逃げ誤認逮捕 無罪判決

Posted in 警察・司法 by UBSGW on 2006年8月23日

以下、ふと目にした西日本新聞サイトの記事を読んだ感想。

判決理由として「榎本被告らの証言しか証拠はなく、それも全幅の信頼を置けず、犯罪の証明がない」と述べられたとのこと。

これは逆を言えば「全幅の信頼を置けない証言しかなく犯罪の証明がなくとも逮捕され・拘留され・起訴されうる」ということです。裁判所にしたところで当然のことながら逮捕・拘留の決定にあたって(言葉は悪いですが)一枚噛んでいるわけです。今回のケースについては、関係者の努力と幸運によって真犯人が判明したからこそ幸いにも勝ち得た無罪判決であり、それがなければこの方は罪無くして投獄され社会的地位をも失うことになったはずです。

目下の日本のように、逮捕され起訴された者の殆どが有罪判決を受ける現状では、社会一般に”逮捕=有罪”と受け取られることは現実問題としてやむを得ないところあるのかも知れませんが、それだけに捜査機関は逮捕・拘留にあたって慎重さを求められるのは言うまでもありません。そしてそれらを報道する報道機関にも。

逮捕された当事者にとっては、逮捕という事実と同等かそれ以上に「逮捕」という”事実”が広く報道されることによって生じる社会的影響も甚大なはずです。しかし故無くして逮捕される者は微々たる数に過ぎないわけで、いったん失った社会的信用や地位は取戻すべくもありません。その意味では”弱者”と言えると思います。澄ました顔をしてきれい事を並べ立てるばかりの報道機関は、その弱者を社会的に抹殺する主犯とは言っては言い過ぎになるでしょうか・・・。はたして起訴もしくは判決以前に被疑者・被告のプライバシーを暴き立て、さらには読む人をして”被疑者・被告”=”罪人・反社会的存在”と思わせるような報道姿勢が昨今の報道機関に見られないと誰が断言できるでしょうか。いや、むしろそれが常態と化しているのが現実です。

以前、別の裁判に関する報道で、検察官が”被告”に対して「社会がお前を赦さない」と指弾したとの記事を見かけましたが、そうした芝居がかった言の当否はひとまず別にしても、現状を如実に示す言葉だと感じたことを付記しておきます。

いずれ判決の詳細を調べたうえで改めて書いてみたいと思います。

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