求道blog

三島由紀夫『花ざかりの森・憂国』

Posted in 日本文学一般 by UBSGW on 2006年8月31日

読了。やはり表題作「憂国」に強烈な印象を受けました。体裁は2・26事件外伝。新婚間もない陸軍中尉が、叛乱軍に加わった親友たちを鎮圧するに忍びず、妻とともに自決する。
三島自身が”三島のすべてを凝縮したエキス”と自負するだけのことはある、強烈な作品でした。職務と友情との板ばさみ、と書いてしまえばサラリとしすぎるきらいもありますが、”ディティールが云々”などと言わせない力強さを感じました。

三島の作品に限ってのことではありませんが、小説に関する書評などをあちこちで見ていると、時として”細かい部分のディテールに問題が…”などと書いてあるのを見かけることもありますが、私なぞは「小説ってのはそんなもんかな、違うんじゃないのかなぁ」と思ってしまいます。その一例としてこの「憂国」に関して言えば「親友たちと刃を交えたくないのならば辞職すればよかったじゃん」なんてツッコみ入れることも出来なくはないのかもしれませんけど・・・。もしそんなこと言ってたら小説の世界(虚構の世界)はどんどん狭くなってしまうような気がします。虚構だからこそ表現できる真実を小説には求めたいなぁ。

なにはともあれこの「憂国」を読んで私自身の日々の過ごし方を反省させられました。仕事や学業で煮詰まっているようなときにこれを読むと、目を見開かされるようなこともあるかもしれません。なにせ私たちの日常はかなりの部分は惰性や妥協や依怙地やらで埋め尽くされていますから…。

ついでといっては何ですが、ここに収められている「女方」も好きです。男性の視点からみた女性の美しさと醜さが描かれています。比重は”美しさ”にある気がしましたが。作中では女形の歌舞伎役者が”理想の女性像”を担い、平凡かつ不器用な男(演出家)と女性(女性の理想形)との関わりが物語の後半部を占めています。現実の女性ではなく、女性よりも女性らしい”女形”をもってくるところが小説のテクニックということでしょうか。

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