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ゲーテ『ファウスト 第二部』

Posted in 海外文学一般 by UBSGW on 2006年10月7日

ファウスト第一部を読んだのはいつだったか・・・5、6年前だったでしょうか。内容はもうすっかり忘れていますが、没頭して読んだ覚えだけは残っています。
しかし、当時は第二部に入って早々に挫折しました。第一部とは全く違った雰囲気で、ストーリーが見えず掴み所のない思いで巻を閉じました。
ユングがファウスト第二部から多くのインスピレーションを得たと聞いて、今回改めて読んでみる気になりました。今回はなんなく読了。これがもしゲーテの作でなければ読み通すことはなかったかもしれません。

鎖に繋がれた品のいい夫人が歩いて行きますが、ひとりは不安そうで、もうひとりは愉快そうにしています。
つまりひとりは自由を求め、もうひとりは自在を得ているのですね。

↑この部分、なんだか禅に通じるものがありそう。
自由を求めるが故に不自由になる。不自由な状態にありながらも自在(自由)で在り得る。

「日々に自由と生活とを闘い取らねばならぬ者こそ、自由と生活とを享くるに価する」
・・・
己は自由な土地の上に、自由な民とともに生きたい。
そういう瞬間に向かって、俺は呼びかけたい、「とまれ、お前はいかにも美しい」と。

悔いを知れるなべての優しき者よ。
感謝しつつ己が性(さが)を変え、
清らけき福を得くべく、
われらを救わせ給うおん方を仰ぎ見よ。
心すぐなる者はみな、
おん身に仕えまつるべし。

この作品についてあれこれ述べるだけの力は私にはありません。思うところは多々ありましたが、それをありきたりの表現しかできない私の言葉に移すことは無駄、というか作品に対する冒涜のような気がします。

「じゃあ、なぜブログにこんなこと書いてるの?」

・・・・・・それは・・・ですね、
以前は受け入れきれなかったファウスト第二部ですが、今回は読めた。
ということは「その気になって耳を傾けてみればなにか伝わってくるものが必ずある」のかもしれない、ということを書いておこうと思ったから、です。
おそらく以前の私は、今以上に感性の間口が狭かったと思います。いや、狭めていたというのが正しい、でしょう。それはこの本に限ってのことではありませんが。深く反省。

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