求道blog

木村敏『偶然性の精神病理』

Posted in 人間心理 by UBSGW on 2006年11月27日

読了。

「いま・ここで」という”生のアクチュアリティ”を失った病態としての「精神分裂病」の観察を通して、偶然と必然・真理・時間・無意識について考察した著作。

決してタコツボをひたすら掘り下げるような(ひたすら原因を追求するかのような)著作ではなく、人間の生を精神病理の解明を通じて我が手につかみ取ろうとするかのような非常に刺激的な論考でした。

とはいえ、この著作から私が得たものを書き表すにはもうすこし「発酵」の時間が必要なようです。
ので、以下覚え書き。

狂気の狂気たる所以は狂気を構成する思考や言説の異常にはない。それはむしろ、そのような異常な思考と言説によって自らの「真理」を表現せざるをえなくなるような「生きかた」の問題にある。

真理とは、虚無に直面した人類が、偶然性における主体の破滅から身を救うために案出した方便にすぎない。そして「自我」とは、われわれの一人ひとりが、偶然性の翻弄から身を護ろうとして発明した虚構にすぎないのではないだろうか

フロイトは・・・無意識を意識化することを、精神分析の目標として掲げた。しかし、意識化しうるような無意識は、はたして本当の無意識なのだろうか。

言語的な自己言及構造の中で自己を意識する人間という生物においては、自己についてのあらゆる表象が言語的シミュレーションというプリズムによる屈折をこうむることになる。「無意識」もその例外ではない。人間は「言語のように構造化された無意識」しか表象できないのだし、そのような無意識と主体との関係についても、これを言語構造的に概念化する以外に表象のしようがない。しかし、これはあくまでもシミュレーションが描き出したフィクションにすぎない・・・そこからさらに議論を進め・・・ようとするときには、どうしてもこのフィクションがそこから作り出された大元のところを、つまりは生命情報そのものという「無意識」を問題にしなくてはならなくなるだろう

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