求道blog

教育再生会議の素案と緊急提言

Posted in 教育 by UBSGW on 2006年12月3日

教育再生会議の中間報告素案といじめに関する緊急提言とやらの新聞記事を2、3読みましたが、「ゴチャゴチャやってらっしゃるのね」という感想しか出てこなかった私は”意識が低い”のかもしれません。

教育再生会議第1次報告の骨格(西日本新聞)
・ 優良教員の給与、昇進などでの優遇と、不適格教員の排除を狙った教員免許更新制の導入
・ 児童・生徒の基礎学力を向上させるため授業時間数を増やすなど「ゆとり教育」の見直し
・ 国の責任明確化と、教育行政の地方自治体への分権化促進

などが挙がっているのだそうです。

これに加えて

いじめや学力不足などの問題に対応するため教員の資質向上が必要だとして、多様な分野で高い専門性を持つ民間の社会人や博士課程修了者を数値目標を設定して一定割合、教員に登用

というのもあるのだそうですが、大いに疑問を感じます。

教員の資質向上と民間人や博士の登用促進は一体どのように結びつくのでしょうか。穿った見方をすれば、現職の教員は能力不足で使えない「お役人」だから、民間人や博士課程修了者といった有能な人びとを積極的に登用するよ、と言っているようにも聞こえます。

しばらく前に文科省がさかんに「教員の資質及び専門性の向上」を唱えていたと記憶しますが、文科省は方針転換したのでしょうか。

「教員の資質向上」とは”使えない現職教員”を排除して、市場原理を身にまとった民間人様や博士様をして学校現場に活を入れていただくということ?。素人を登用しなければならないほど現職の教員たちは無能力だと?。

もちろん、民間企業の経験者や博士課程修了者がその経験を生かすべく教職に就くのは歓迎すべきことだと思いますが、数値目標を設定して半ば強制的に登用させることには大いに疑問を感じます。それは「民間人」「博士」なら教師としての能力も高かろうと考えているようにしか思えません。

むしろ教育の再生に今もっとも必要なのはまずなによりも現職教員が能力を発揮できる環境を作り直すことなのではないでしょうか。

「新しい血」を入れ、「異物」を排除するのが教育再生会議の既定路線なのでしょうね、おそらく。

緊急提言も読んでみましたが「ふーん」でおしまい。通達や提言を一本出したからといって改善できるほど皮相な問題ではなかろうし、むしろ「通達通り提言通りにやってますよ」というエクスキューズを与えるだけかもしれないなというのが私の感想です。

教育再生会議 いじめ緊急提言全文(中国新聞)

学校は、子どもに対し、いじめは反社会的な行為として絶対許されないことであり、かつ、いじめを見て見ぬふりをする者も加害者であることを徹底して指導する。
-学校に、いじめを訴えやすい場所や仕組みを設けるなどの工夫を
-徹底的に調査を行い、いじめを絶対に許さない姿勢を学校全体に示す

学校は、問題を起こす子どもに対して、指導、懲戒の基準を明確にし、毅然(きぜん)とした対応を取る。例えば、社会奉仕、個別指導、別教室での教育など、規律を確保するため校内で全教員が一致した対応をとる

果たして今の学校には生徒が声を上げる場所がないのだろうか。訴える”場所”がないのではなく訴える”相手”がいないのではないかと私は思う。なんだかハコモノ行政と通じるお役所的体質を感じるばかり。

そしていじめた側の生徒を他の生徒と「隔離」して指導(?)するというのもまた「いじめ問題」の解決に効果があるとは全く思えない(刑務所並みに24時間外界と隔離するというなら話は別だが)。社会奉仕も同様。教育現場の先生方のお考えを伺いたいところではあるが。

教師による懲戒権ははるか以前から認められているのに、それがなぜ実効的に機能していないかを考える必要があるはずだ。
結論を言えば、教師による懲戒が世間や保護者(そしてマスコミ)からの批判にさらされることを怖れて学校側が腰の引けた対応しかできないところに大きな問題があると私は思う。

もっとも、余所からの批判を覚悟の上で自らの責任において懲戒権を行使することが教師には求められる、とも言えようが、いざ実行するとなるとかなりの覚悟が必要になるでしょうね。今のような「他罰的な」時勢であれば。

誰もが承知の如く、決してルールや指針を定めるだけでは解決しないでしょう。
「人を殺した者は死刑又は懲役」というルールさえあれば世の中から殺人がなくなる、というわけではないようにね(もちろんルールは必要ですが)。

実際のところ隔離指導については再生会議でも議論があったとのこと。(12/3付佐賀新聞論説記事

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