求道blog

チャペック『いろいろな人たち』

Posted in 海外文学一般 by UBSGW on 2006年12月23日

チェコのジャーナリスト兼作家カレル・チャペックのエッセイ集。日常生活や文化や政治などに関わる多岐にわたる事柄が、そこはかとないユーモアを感じさせる言葉で綴られています。そしてそれらからは、彼が活躍した1920~30年代のヨーロッパの空気感が感じられますような気がします。

生涯の大半をジャーナリストとして過ごしたチャペック。自分の目で見て聞いたことを、自分自身の頭で考えて、身に付いたユーモア精神溢れる文体で語る。そこにはセンセーショナリズムも、ポリティカリー・コレクトな”正論”も顔を覗かせることがない。漢字を知らない中学生でも読めるように書かれた今どきの新聞を見慣れた眼には、彼の極めて上品な文体がまとう修辞は些か跨ぎにくい敷居のようにも感じられることがあるが、独り静かに彼の言に耳を傾けていくうちに自分が如何に身の回りに起こるどうでもよい瑣事に囚われていたかに気づく。とくに彼のコミュニズム、アメリカニズム、ファシズムに関するエッセイを読みながら、目の前の事象に囚われない彼の透徹した視線を感じる。

ちょっと締まりのない一文ですが今日はこれにて。

木から落ちる人間は足を折る可能性があるという主張は、けっして悲観主義的ではない。悲観主義的なのは、「木に登ってはいけない、神様の罰を受けるから」と信ずることだ。(・・・)真正の悲観主義は、物事は悪い、または悪くなるという見方のなかに存在するのではなく、全体にそして原則的の物事が悪くならざるをえないという見方のなかに存在する。(「悲観主義について」)

「森は黒い」と実に容易に言える。しかし森の中には黒い木は一本もなく、赤か緑なのだ。一般には松の木かモミの木なのだから。「社会が悪い」と実に容易に言われる。しかし根本的に悪い人間がどこにいるか探し出して欲しい。野蛮な一般化なしに世界を判断するよう試みて欲しい。しばらく後には、原則的主張などは一かけらもなくなってしまうだろう。(・・・)人間精神のもっとも非道徳的な贈り物は、一般化という贈り物である。(「政治的動物」)

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