求道blog

星新一『きまぐれ学問所』と中村天風

Posted in 星新一 by UBSGW on 2007年1月18日

本日は晴天なり。しかし寒い。
そこで日がな一日、南面した書庫(といっても只の四畳半縁側)に籠って読書にいそしむ。手を延ばせばすぐに届くところに本が並んでいる状況は私にとっては至福。手狭すぎて身動きならないのが難点だけれど(うっかりコーヒーカップ倒しちゃったよ、クソぅ)。

昨夜のつづきでフッサール(の入門書)を読みすすめるも夕方になってダウン。とっても面白いのだが、それでもね・・・。
んでフト星新一に手が伸びる。いくつかショートショート読んで頭がホンワカしたところでこんどは『きまぐれ学問所』が「おれももう一回読んでくれ~」とうったえてきたので「よしよし」と手に取る。

「あれ?キミ、エッセイだったっけ?」と思いながら読む。

読む読む読む読む。

そうこうしながら「人生について」に辿り着く。
星新一による中村天風論。

「おおぅ」
星も中村も私の愛読書(まだどちらも読破してないが)。
星が中村天風について書いていたことに不覚にも気づいていなかった。よく考えてみたら前回この本を読んだ頃にはまだ中村天風のナの字も知らなかったのだ。だから記憶に残っていなかった。

「うん、そう。そうだよね~」と思いつつ星を読む。

このへんで、警戒心をゆるめて下さい。著者の中村氏は、決して独断的な信仰を押しつけようとはしていないのだ。大衆感覚を大事にしている

そういえば私自身以前は、客観的でない(ように思える)、合理的理解を超えた(ように思える)書物を敬遠していた。私が中村天風をたまたま手に取った頃、私はひとつの壁に突き当たっていた。それで偶然出張先の本屋の店先で見かけた天風の著作を手に取ってみたのだった。まったくの偶然から。おそらく私は天風の著作を他人から勧められても決して読まなかっただろうと思う。おそらく今、誰か他の人から天風の本を薦められたとしてもチラッと眺めただけでおわるだろう。
ま、ああいうのが「出会い」というものなのだろう、たぶん。

それで話は「人生について」に戻るのだけど

 作曲家の中村八大氏の短い文で、感銘を受けたので切り抜いておいたのがある。ある年上の知人の家で、つい売れなかった数年間の話をはじめた。すると、ひとこと。
「人前では、よしなさい。みな苦労をしているのだ。だれもが話しはじめたら、世の中は暗くなってしまう」
 はっと思い、明るい話だけをするようになり『上を向いて歩こう』の世界的ヒット曲が生まれることになる。
 いい話だ。

いい話だ。

翻って(マスコミ・フィルター経由の)世相に目を向ける。
「どうして私だけがこんなにも・・・」
自分は報われない、虐げられている、搾取されている・・・。
格差社会はけしからん、儲けすぎはけしからん、ついでに不二家はけしからん・・・。
仮にそう叫んでいる人がいるとして、もし彼が(彼女が)不意に「お金持ち」にでもなったら彼はどうするだろうか。「労働法規はけしからん!」「貧乏人は麦を食え!!」などと言い出すのか、はたまた「もっとお金を~!(ベートーヴェン風)」とでも言うだろうか。

「けしからん病」はおそらく不治の病だ。そんでもって人類皆全てそのけしからん病の保菌者、キャリアなのだと思う(少なくとも私は間違いなく保菌者だな。ときどき症状でちゃうもんね)。鳥インフルエンザも恐いんだけど、けしからん病の蔓延はもっと恐いよと感じる今日この頃。

一日遅れははけしからん
ダブル不倫はけしからん
ブレた姿勢はけしからん

そりゃたしかにそうかもしんない。
「ま、今度から気をつけてね。おたがいさまだから」って言う新聞が一社くらいあってもいいのじゃないかと思うんだけどダメ?(もっとも今度はその新聞社がヤられるだろうね)
ブレずに一直線にまっさかさまに奈落に落ちるよりもブレてくれる方が人間らしくて良くないかい?
公に異論が言えない状況って気味悪くない?

あんまし普段から怒ってばかりいるとホントに怒るべき肝腎なときに怒れなくなるってこともあるかも・・・・だよ。

しっかし星さんの文章は読んでてほんとに気持ちが良いね。

たんなるきまぐれ放言でした。
おしまい。

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