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公共投資としての戦争

Posted in 国際 by UBSGW on 2007年2月7日

先日いつものように新聞を眺めていてふと目にしたアメリカの軍事関連予算の記事を読みながら思ったことを以下に書いてみます。

「対テロ戦争」関連経費として新たに計約2450億ドル(約29兆6000億円)の支出を要求(中略)米中枢同時テロ以降、対テロの戦費総額は09年度の支出予想額も含め累計約7980億ドル(約96兆4000億円)にまで膨らみ、現在の通貨価値で約6090億ドル(約73兆5600億円)といわれるベトナム戦争の戦費を大きく上回る見通し

対テロ戦費累計96兆円 ベトナム戦争上回る 米08会計年度予算教書(西日本新聞)

約4814億ドル(約57兆8000億円)と前年度比12・1%

2008会計年度米国防予算12%の大幅増(西日本新聞)

とまあ、これっぱかりのデータではあまり大層なことは書けないので単なる印象論にすぎないが、イラク戦争に限らず一般論としては戦争による経済波及効果はなかなかのものなのではないだろうか(いまさらって?)。結論をあらかじめ示しておこう。「戦争は国を疲弊させる」とは言うものの、それは自らの国土に直接的な被害が及ぶケースなどに限定される、といえる。

今回のテーマ、すなわちアメリカ合衆国による対イラク作戦に即していえば、いったいイラク戦争関連経費の支出先はどこだろうか。イラク国内であろうか、それとも他の国であろうか?おそらくアメリカの対テロ関係費および軍事予算の大半はイラクではなくアメリカ国内におとされるであろうことは想像に難くない。艦船・航空機・銃火器・弾薬類その他諸々、その経費の大半は言うまでもなくアメリカ軍需産業界に支払われるはずだ。なぜならアメリカは世界一の軍需産業大国である。アメリカが他国から調達しなければならない兵器など微々たる(皆無?)であろう(むろん部材の一部は輸入する事はあるだろうが)。対イラク作戦が軍需産業その他関連産業へ及ぼす波及効果は相当のものではないかと推測する。尚、筆者としては、イラク人におとされる金額とアメリカ人(企業)におとされる金額、あるいはその他の国・企業などにおとされる金額の比率も知りたいところだが(それを調べる暇は残念ながら私にはない)。

今回、確かに戦場となっているのはイラクだ。とはいえ戦場で直接金銭が支払われることは基本的にない(はず)。たとえばアメリカの戦車が現地のイラク人経営のガススタンドで「ヘイ!メーん!満タンたのむよ」なんてことはありえない。あるいはイラク国土に無数のミサイル銃弾を撃ち込んだところでイラクに金銭が落とされるわけではない。落ちてくるのは爆弾ミサイルの類だけだ。
結果として、イラクでの戦いがつづく限り、アメリカの軍事予算の大半がそれら武器弾薬の代金としてアメリカ(国内)の軍需産業その他に支払われ続けるわけだ。その意味でイラク戦争は馬鹿げているといえる。なにも私が”戦争反対”だからそう言うのではない。「民主主義の国アメリカ」にとってもっとも望ましい戦い方、もっとも費用対効果の高い戦い方は、アウトレンジから航空機・ミサイル(すなわち高価な兵器)を無数に撃ち込み、地上戦は短期間で終えて人的リソース(安価ではあるが使いにくい兵器!)の損失を最小限に抑えるという湾岸戦争型戦法だといえよう。兵士は確かに(相対的に)安価な兵器である(サラリーマンの生涯賃金3億円ぽっちで買える戦闘機など存在しない)。しかし安価ではあるものの兵士の損失に関しては金銭だけで計るわけにはいかない。人的損失は国民の士気に関わってくるからだ。人的損害が増えれば増えるほど、アメリカ国民は戦争終結を願い始める。したがってアメリカ(の産業界)にとっては人的損害を最小に抑えつつ高価な兵器をできるだけたくさん消費するという手法こそがもっとも望ましい戦い方というわけだ。戦死者さえでなければ、他国における戦争遂行のために莫大な軍事費が軍需産業に支払われ続けてもアメリカ市民の関心はおそらく高まらない。

具体的なデータがないのであまりもっともらしいことは言えないが、ベトナム戦争を境にアメリカ経済の国際的影響力が縮小したという通説も上記のような視点から考えてみると、アメリカがバカスカ(莫大な)軍事費を使いまくったから経済がイカれた(退潮した)という単純な図式ではないのではなかろうか。それはアメリカの大恐慌以来の不況を最終的に解決したのが第二次世界大戦であったとされることを考え合わせればそれほど不審なことではないように思える。軍需品の大半を自前で賄えるだけの技術・生産能力がありかつ自らの国土が戦火を免れる限りで戦争は非常に効果的な公共投資・公共事業と言うことも出来ると思われる

と、そんなことを考えました。
アメリカの国防予算の内訳、経年推移、戦費の支出先、ベトナム戦争前後の経済指標その他の具体的なデータが欠けた、全くの思いつきです。いまのところそれを調べるだけの意欲も時間も私にはありませんのでこの記事はこれっきり(これでお終い)です。

日本でも、国外に販路を拡大して武器の生産コストを下げることを検討すべし、などという防衛大臣の発言が最近になってありましたが、そうなればいずれ「買った物は使わにゃソンソン(使わなければもったいない)」「兵器産業が拡大すれば雇用も拡大し大きな経済効果があるよ」なんて言い出す輩(野郎)が出てきても不思議ではないかもしれません。
国土が焦土と化した記憶が失われつつある日本が今後どのような道を歩んでいくのか少しばかり気になる。そんな気分です。

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