求道blog

ヤクザ化したマスメディア

Posted in 報道・ジャーナリズム by UBSGW on 2007年2月10日

ああ、今日もまた事件事故の記事が満載だこと。
○○電鉄社員が・・・・・、何とか市職員がまた飲酒運転・・・・・・、元土木部長が収賄・・・・・・。
最近の報道記事のタイトルには有名企業や役所の固有名が目につく。
「また」って言うけどあなたね
同一人物ではなかろうに。
勤務先が同じっていうだけでまるで常習犯のようにいわれる人はおそらく「運が悪かったね」ということなのか。

ありふれた事件。あまりにもありふれた事件をさも報道する価値があるかのように見せかけるためにとられる方法はただ一つ。その事件の当事者が何者なのかという点にのみ着目しそれだけを掘り下げるのだ。「今回の生け贄はこの人!」ってなもんである。つまるところ現代の三面記事のニュースとやらは、その事件の犯人の所属がどこぞの大企業でありあるいは官庁なのかという点にのみその記事独自の意味を持ちうる。だって事件事故そのものはもう人びとがいやというほど見聞きしてきたことばかりなのだから。「ああ、またかよ。んで今回はどんな奴が?」「え~!?あの人がそんなこと??しんじらんな~い!!!」

犯人が、あるいは被害者が如何にも意外性のある人物であればあるだけ、あるいは”落とし甲斐のある”著名人・公人・職業であればあるほど「ニューズバリュー」は高騰する。逆にいえば、「誰れが」ということ以外にはもうニュースとしての価値が見出せないのだ。そうしてマスコミは有名企業・官庁のスキャンダルを鵜の目鷹の目で捜索し、創作している。名のある企業・団体であればあるほど戦々恐々とせざるを得まい。

それにひきかえ、ゴキブリの絶えない場末の食堂の店主が飲酒運転で逮捕されようともたいしたニュースにならないだろう?。暴力団の抗争をその構成員一人一人の生い立ちにさかのぼって暴き出し断罪するようなヒマなマスコミなどないだろう?

記事のタイトルに並ぶ大企業・官庁の名称をつらつら眺めながら、とうとう新聞も恐喝なんぞを稼業とするチンケなチンピラになりさがったかという感慨にふける。

今も昔もそうだったのかもしれないが・・・・。

しかしね、そんなことでシノいでいけるマスコミにとっては結構なことかもしれないが、社会全体にとっては有害無益このうえないものと私には見えているのだがね・・・・。

せめて正義の味方ヅラはやめてはいかがかな。

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