求道blog

チャペック『未来からの手紙』

Posted in 海外文学一般 by UBSGW on 2007年2月11日

何をするのも何を考えるのも鬱陶しい折々に、少しづつ少しづつ読み続けていた一冊。とうとう読了。カレル・チャペックのエッセイ集。

収録されている作品は以下の通り。

  • 「未来からの手紙」
  • 「言葉の批評」
  • 「低俗的エロス」
  • 「小話の自然誌」

暖かみのあるクールな文体でつづられた世相観察。「ビッグ・ビル」というギャングが支配する”未来のアメリカ”なんていかにも風刺が利いてると思う。Big Bill(紙幣)。ポルノグラフィーについて語られた「低俗的エロス」もまた単なるポルノ論ではなかろう。私にはむしろマスメディア批判とも読めた。

ポルノグラフィーは、秘密漏洩という性格を非常に好んで受け入れる。そのお気に入りの形は、若い娘の日記とか横取りされた令嬢の手紙である。(・・・)ポルノグラフィーのもっとも目につく性格の一つは、異常な、そしてほとんど非人間的な倒錯性を求める傾向である。(・・・)ポルノグラフィーが読まれる理由の一つは、刺激ではなくて羞恥であるとわたしは思う。(・・・)ここにポルノグラフィーがその卑しいなぐさめをたずさえて登場するのだ——–ごらんよ、あんた、なんと空しく狂気じみたことがここで起こっているかを。それにくらべたら、あんたの羞かしい経験なんてなんだっていうの?なんにもそのことを気にしなさんな。あんたが見るように、ここではもっと悪いことが起こってるんだから。

「低俗的エロス」

かたやポルノグラフィーが「道徳の研究」「科学的な目的」などという建前を掲げて自己正当化を図っているとすれば、マスメディアもまた「世論の喚起」「時代の記録」などという”もっともらしい目的”を掲げて自己正当化を図っている。まさか本気でそれを信じているわけではあるまいが・・・。
ポルノなら、ちょっと申し訳なさそうな、後ろめたそうな、あるいは反社会的なものとしての引け目を多少なりとも持っていそうだがマスメディアにはどうやらそういうものはないらしい。しかし、なにも女性の裸だけがポルノ・猥褻なものというわけではあるまい。私としては、「すでにコード化済みの猥褻さ(裸体、差別その他)でさえなければ何でもありなのだ」とメディアが明言してくれれば少しはスッキリしそうなのだが。少なくとも「マス」メディアにのって流通する情報は面白さに欠ける。それは、彼らが公にする情報が、笑い事でない「重要な」「真実」を伝えていますよ、ということに「なっている」からだ。

女というものは考えが足りない、首尾一貫していない、おしゃべりだ、とかなんとか言われている。わたしとしては、それよりはるかに恐ろしいことで女性を非難する。ご婦人方はユーモアをお持ちにならない。

「小話の自然誌」

ユーモアとは、自らを笑いものにすることだと多くの人が言う。もしその通りだとすると、確かに彼ら(マスメディア)にはユーモアが欠けている。まるでゲストをイジって視聴率を稼ぐタレントではないか。たしかにマスメディアにはユーモアが欠けているという点で、チャペックの言うとおり女性的なのかもしれない。などと書くと「女性蔑視」ということになってしまうだろうかね・・・。チャペックを「女性の敵」呼ばわりする間抜けがもしいるのならば是非会ってみたい(気もする)。

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