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農業青年は敗残者か? ~その1

Posted in 政治 by UBSGW on 2007年2月12日

ここしばらくのあいだ、私は不安な日々を過ごしている。
そのわけは、けっしてつまらぬわが身の一身上のことではない。
私が次代の首相候補と考えている(国会議員なら、いや日本国民であれば皆首相候補である)政治家の一人が、先日の宮崎県知事選挙のさなか非常に気になる発言をなされたからである。

「農協の営農会社化を検討 自民・中川党幹事長」

「農業をする青年たちも厚生年金をもらったほうが生き生きする」 (goo news

「現行制度では農協自体は営農できない。大農業会社に変身させ、農業地帯の青年たちも厚生年金をもらう仕組みが正しいのではないか」 (sankei web)

「農業の合理化をすすめるべし」との文脈のなかでの発言のようである。

が、

「農業青年たち」も「厚生年金をもらえるほうが喜ぶであろう」

ともとられかねない発言は穏当ではないようにおもわれる。
どうかすると言葉じりをとらえるかのようにマスメディアが食いついてきかねない政治家受難の時代にあって、日本一の政治党派である自民党の大幹部、中川秀直幹事長の農業観に関するこの発言がいったいどのような波紋を巻き起こすのか、私は夜も眠れないほど心配していたのだが、どうも全然まったくなにごともなく終わろうとしているようだ。それでもまだ安心して良いのか悪いのかはわからないが。

国会でも大問題となった厚生大臣の「女は産む機械」発言についてはスルー気味だった私であるが、この中川発言は非常に気になる、とてもではないがスルーなどできない発言である。
言葉じりをとらえて云々するのはまさに「言葉狩り」につながりかねないのであるからして、中川氏の発言をできるだけその文脈に即した形でここにご紹介申し上げたいと考える次第である。

そのようなわけで、以下、日頃の中川氏の主張を同氏のウェブサイトから転載させていただくことにする。世間知らずの私にはよくわからないが、もしかすると著作権等の問題が発生するのかもしれない。しかしながら中川氏も清濁併せのむことを身上とする政治家である以上は、こうして氏の主張を広く報ぜんとする私の真意を必ずや理解して下さるであろうと思量する。それでも万一不都合があればただちに当ブログから削除させていただくつもりであるが、ひとまずはご了承頂けるものとしてはなしを進めたい。

以下「HIDENAO NAKAGAWA official website」より引用。

(・・・)第二に、台頭する隣国・中国が責任ある東アジア共同体の一員となることは、日本の国益にかなうものです。そのためには、アジアで最も古い民主主義国家である日本が、インド、豪州など価値観を共有する国などとともに、アジア全体が経済・報道・信教の自由、人権、法の支配といった普遍的価値や国際的規範を受け入れ、民主的プロセスを尊重する地域になることを支援し、将来、「成熟した民主主義国家同士は戦争をしない」という考え方に基づいて、東アジアがモデル地域になることを日本の中長期の戦略目標とすべきです。

こうした戦略的発想から、私は、東アジア共同体構想で日本がリーダーシップを発揮すべきと考えます。

問題は、リーダーシップの手段です。深刻な財政事情の中で、もはや政府開発援助に依存すべきではありません。日本のリーダーシップの源泉は、日本がアジア経済の需要者となることであり、「輸入の拡大」と「労働力の受け入れ拡大」を行うことであると考えます。

東アジア共同体構想で日本がリーダーシップを発揮出来るかどうかは、国内農業構造改革と外国人労働者受け入れ体制の確立という、国内問題にかかっています。これは、リーダーシップのための自己犠牲ともいえますが、私は単なる痛みとしてではなく、日本経済を強くするためのテコと考えるべきだと思います。

農業でいえば、自由貿易協定により、国内農産品の輸出拡大、日本の食品安全基準のアジア拡大、農協の経験を生かした農業組織づくりなどの「攻めの農政」への転換を図ることができるし、国内においても、担い手がいなくなった地域での大規模な企業的農業経営で生産性を上げることも可能でしょう。

サービス業においても、例えば国内では人口が集中する都市にサービス業を集積させつつ、一方で、拡大するアジア市場においてサービス業のビジネスチャンスをつかむことも可能です。

このような農業とサービス業の生産性アップは、日本の経済を強くし、日本の各地域経済を強くするはずです。自由貿易協定等をテコとして、日本の農業とサービス業の構造改革を進め、生産性を上げて潜在成長率を高めていく、という戦略的発想を持つべき時です。

また、世界中から能力のある人が日本に集まってきて、その能力を発揮してもらうことで日本の豊かさにつなげていく、という戦略的発想を持つべきで、自由貿易協定等をテコとした「専門的・技術的分野」の外国人労働者受け入れ拡大を真剣に検討すべき時です。
以上 「2006年の決意」より

1、日経の社説に「生産性向上へ農地集約化に全力を」が書かれている。

「すべての農家を対象に品目ごとに価格保障する制度をやめ、一定規模以上の担い手に絞って所得補償する農業の新しい経営安定対策が2007年度から始まる見通しだ。残された時間は少ない。自治体や農協は地域の農家の理解を得て、農地集約化に全力をあげてほしい。新対策の支援対象は個別経営では農地面積が4ヘクタール以上(北海道は10ヘクタール以上)、複数の農家からなる集落営農では原則20ヘクタール以上に限定される。従来の『ばらまき農政』から脱却し、中核的な担い手の育成を通じて生産性を高める狙いがある。日本の農家(都府県)の平均農地は1・3ヘクタールに過ぎず、『小規模農家の切り捨てだ』と批判する声もある。しかし、今回の改革なしに日本の農業は再生できない。農業就業者の6割は高齢者なうえ、耕作放棄地は東京都の面積の1・8倍以上に上る。主要国のなかで際立って低い日本の食料自給率を高めるためにも競争力のある農家の育成が欠かせない。高関税による保護策は国内農業の基盤強化をむしろ阻害している。高い関税のツケを払っているのは割高な農産物を買わされている消費者である。世界貿易機関(WTO)の多角的通商交渉(ドーハ・ラウンド)は農産物などを巡る対立から難航しているが、WTO交渉の状況にかかわらず、危機感をもって一層の市場開放に備える必要がある。

 営農面積を拡大できるのは『後継者がいる一部農家などに限られるとみて、農協や自治体が集落営農の組織化に力を入れるのはやむを得ない面はある。しかし、その一方で集落営農に加わるために兼業農家が農業法人や専業農家から農地の返還を求める『貸しはがし』が問題になっている。支援対象はあくまでやる気と能力のある専業農家などを中心に据えるべきだ。集落営農で支援を受ける場合、経理の一元化など面積以外にも条件があるが、審査が甘くなれば経営の効率化は望めない。農林水産省が6日発表した『食料・農業・農村の動向』(食料白書)では食の安全や地産地消への取り組みなど幅広く紹介している。地域ぐるみで安全で安心な農業を育てることは重要だが、肝心な担い手の経営が安定しなければ十分な効果は期待できないだろう。政府の新政策に対抗し、民主党の小沢一郎代表は規模に関係なく農家所得を補償する改革案を打ち出す意向という。それでは財政負担が膨らむだけで生産性は高まらないだろう。甘い言葉に迷わず、地域農業の構造改革を進めてほしい」。

 正論であると思う。問題は小沢民主党の「新農政プラン」という改革案である。改革案ではなく、政府・与党の新経営安定対策を阻止するところの対立軸路線に拠るものなのである。いわゆる規模に関係なく農家の所得補償制度を大幅に補充するものであり、従来の「バラマキ農政」の延長線上でのものなのである。何故、小沢氏が「新農政プラン」をテコに、地方に攻勢をかけるのかは、参院選の1人区対策のためなのである。昨日の東京の「スコープ2006政局」に「小沢代表、新農政プラン作成指示」「民主党、地方へ攻勢」「参院1人区対策」との記事が載っている。「小沢氏は最近党内の若手らに『農村地域は政治への期待が強く、関心も高い。その分、なんぼでも入り込める』と繰り返し説く。地方の農村地域は小泉政権の5年間で、自民党離れが進んだと見ているのだ。・・農林漁業政策は、与野党逆転を狙う来夏の参院選で、政策面の目玉と位置づけている。小沢氏は既に、『参院選は1人区の勝負。農家に分かりやすい、インパクトのある政策を打ち出してほしい』と、党の農業政策担当者に指示も与えた。民主党は昨年、現在40%の食料自給率を10年で50%、将来的には60%以上に上げる、農家の所得補償制度を大幅に拡充するーなどの『農林漁業再生プラン』を策定済み。今国会にはこのプランに基づいた法案を提出したが、廃案になった。小沢氏の指示は、このプランをさらに充実強化させようというものだ。周囲には『食料自給率60%というけちな目標を立てていてはだめだ。100%自給する目標でやれる』『政府の農業振興策と同じ用語は使わない方がいい』などと注文をつけ、政府・与党との<対立軸>を意識する」。1人区29の選挙区で、小沢民主党が20以上を取り、参院での与党の過半数割れを追い込むために、政府・与党が進める農業の構造改革路線を全否定する、「従来のバラマキ農政路線の拡充」をもって、「なんぼでも入りこめる」としているのである。社説でも指摘しているように、「今回の改革なしに、日本の農政は再生できない」にも関わらず、その再生を潰す小沢民主党は、国益を損なう抵抗勢力そのものではないか。だから、政権担当能力がないと民意からみなされるのである。(6月7日記)
以上 06年「6月7日」

引用文がかなり長くなったので本論は次回に。

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