求道blog

星新一による自作批評

Posted in 星新一 by UBSGW on 2007年2月17日

しとしとと降る雨音を聞きながら耽読した一冊。『なりそこない王子』(新潮文庫)読了。前回のエントリ星新一『きまぐれ博物誌』にDr.Waterman氏が下さったコメントへ返事(返コメント?)をカタカタと書いていたら、随分と長くなりかけたので、いっそ読後感とあわせて新たなエントリとして書くことにしました。

Mark Twainの「乞食王子」の後日談というべき「なりそこない王子」ほか11編。解説はなぜか星新一自身。星新一の数々のエッセイのなかには、彼が自身の小説観や作法を書いているものがありますが、この『なりそこない王子』の「あとがき」もまた一種の自己作品分析。星が自作を「解説者」として批評する、ある種貴重な一文ではなかろうかと思います。

解説なら、無難に「星新一は日本におけるSF、ショートショートの先駆者である」と、まず書くところだろう。しかし、文句の出る可能性がないでもない。(・・・)どうせ呼ばれるのなら、「日本には珍しく、時事風俗の描写を避けた作風」あたりが、私もうれしいし、的確なのではなかろうか

この解説によれば、時事風俗の描写を避けたのは作品の生命を長く保つことを主目的としたものというよりは、あくまでも小説上の効果を考えてのことであったようです。そもそも星自身の書くもの自体がテレビだとかオートメーションなど、当時の日本の新風俗と密接に関わっており、そこへさらに旧来の風俗小説的な手法を持ちこむことへの違和感があのような星の簡素な文体につながったのだと。

そのうちそれになれてきた。前例がないので、けなされることもなく、好きなようにやれ、それになれてきた。

私そのものが、ひとつの時代、ひとつの風俗の産物なのである。(・・・)モーツァルトの曲は、いまも愛されているが、あの時代でなければ出現しなかっただろう

ところで、ざっと調べたところ、星新一作品の完全な全集というのは無いのですね、いまのところ。ショートショートだけを集成したものはあるようですが(『星新一ショートショート1001』)。未だ活躍中の筒井康隆の作品などはとうにまとまった著作集が出ているのに、エッセイ等も含めた星新一全集がないのはどうしてなんでしょうね・・・。ただでさえ短い作品が多いうえに世界中で読まれている名作ぞろいなわけですから、完全な全集を編む価値は極めて高いと思うのですが。

ひょっとすると関係する出版社が多すぎるなどという理由もあるのでしょうか。今私の手許にある『なりそこない王子』も講談社(単行本)→講談社(文庫)→新潮社(文庫)。角川文庫に入っている作品も多いですし、おまけに最近刊は理論社とかいうところから出ているようです。引く手あまたが災いしているのかも。
ともかく、もし出たらすぐにでも財布をはたいてでも手に入れたいところなんですが。

出版関係者のみなさん、もうそろそろ星新一全集だしませんか?

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