求道blog

無駄に長いエントリ

Posted in 政治 by UBSGW on 2007年8月2日

初手を誤ってしまうと、あとはなにをどうやったとしても深みにはまるばかりで抜け出せなくなる、ということはしばしばあるらしい。

政治資金というぬかるみにスタックしてしまった赤木大臣、結局は更迭だとか。たとえ名車ポルシェでも泥沼から抜け出すことはかなわなかったというわけだ。

古今東西、政治にはカネがかかる
ものなのだそうで、あらためて政治資金規制法とやらを改正したところで根本的な解決は難しそうだ。
いっそのこともっと革新的(イノベーティブな)方策を見出せないものか?

赤城さんの不明瞭な支出の大半は(本人曰く)支持者への接待費(飲食費)だそうだ。とすると、選挙民にタカられてたのだということなのか。まあ、ぼっちゃま面でポルシェを転がすような人間なら多少の金銭的余裕があるだろうと見込まれてしまったのかもしれない。かわいそうに。

テレビ辺りで時々見聞する限りでは、数代続く政治家の私邸はたいてい御立派な構えをしているが、政治家の仕事というのはそれほどにお金になるものなのだろうか。それとももともと資産家であったからこそ政治家になれたというわけか。まあいずれにせよ、政治と金とは金輪際切り離せないもののような雰囲気がそこはかとなく漂ってはいる。

いっそのこと、政治家とはなべて極貧の生活を送っているのだという社会的コンセンサスを作ってみてはいかがだろうか。なまじっかお金を持っているから(持っていそうに見えるから)たかられちゃうのでは!?だーれも貧乏人にメシをタカったりはしないよ。

さしあたり、国会から村会議員まで全て無給。そりゃあんまりだというのならまあ生活保護世帯と同レベルもしくは法定最低賃金のみ日給月給で支給しよう。どうだね?

「それでは有能な人材が集まらない」ってか?

結構じゃないか。高給でなければ御国のために働く気はないなどという御仁なら来てもらわずとも結構。この日本、たとえ金にはならずとも御国の為、共同体のために身を粉にして働こうという人材は掃いて捨てるほどいるんだから。なにせ「美しい国」であるからして。違う?それとも今の日本には高給と引きかえでしか働かないような人間しかいないのかね?

議員と同様、全体の奉仕者たる公務員だってそうだ。天下り?四十、五十になって民間に天下って活躍できるほど有能な人材ならばむしろ職業生活の初めから民間でどんどんイノベーティブな仕事をやっていただいて利益を上げ株価を上げ国家の税収アップに貢献していただく方がよほど御国の為ではないか。

いささか暴論ではあるが。そもそも議員・公務員の仕事は何かを生み出す仕事ではない。彼らの仕事を一言で言えば「調整」。所得の再配分という調整であったり企業活動が円滑に進められるような調整であったり、諸外国との調整であったりと様々だが、その本質は「調整」にある。もちろん、それらには現業が付随することはままあるにせよ、公務員の大半はその労力を様々な意味での調整に費している。けっして自らの手で何かを生み出すわけではない。いや、たしかに彼らの仕事だって私たちの生活が円滑に回っていくような環境を生み出しているとも言えるわけだが、その分、われわれは税を納めている。つまりは差し引きゼロというわけだ。公務員が身を粉にして真摯に職責を果たしたとしても差引き勘定は常にゼロとなる。ゼロになってくれなければならない。

そのように調整を本務とし自らは何かを生み出さぬ公務員であるから、労働力人口に占める公務員の比率が高まれば高まるほどに国家全体の活力が萎んでいくのはむしろ自明のことといえるだろう。どれだけ働いてもトータルでは差し引きゼロになる職種に高給を支払いつづければ借金が増えていくのもまた当然のことといえる。

議員にせよ公務員にせよ、自らは何も生み出さない仕事に金銭的・人的リソースを過度に消費することは結局のところ亡国につながる。ましてや労働力人口は今後縮小するばかりである。したがって議員・公務員の削減は不可避と言うべきだが、「イノベーション」を唱える自民党政権は相変わらず旧弊を温存している。この点では野党も変わりはない。

一方で小泉改革以後、なにかにつけて「民間信仰」「競争万能」が言われることに食傷している人は少なくない。確かにお役所の仕事ぶりは変わった。腰が低くなり、愛想が良くなったのは確からしい。聞くところでは内部でも業務の効率化がやかましく言われるのだとか。それはそれで結構なことだし、民営化が吉と出ることもあるのだろうが、それでもやはり民営化には馴染まない仕事はあるのだろうし、そういう仕事こそやれ利益だとか効率だとかで計らずに実のある仕事をしてもらわなければ共同体の存在意義そのものが失せてしまう。

長くなったのでそろそろ。

共同体のため、社会のためにたとえ報われることが少なくとも尽くす、そういう人はわれわれが考えている以上にたくさんおられるはずだ。議員諸氏にしても選挙の時はたいてい国の為、我が町のためにとおっしゃるではないか。それがもし本心なら高給だろうと薄給だろうと構わぬのだろう?高給もらわなければ国の為おらが町の為には働けぬというのなら彼のやろうとしていることは只の賃仕事に過ぎない。只の賃仕事ならば、やろうという人間はいくらもいる。べつにあなたでなくとも構わぬというわけだ。

本来なら無給に甘んじるべき議員諸氏が高祿を喰み、あまつさえ様々な名目で金員を懐にしていれば、「メシぐらい食わせろよ、カネあるじゃろ!」と言いたくなるのは人情ってものだよ、旦那。もちろん誉められた話ではないがね。

「政治家つーのは偉そうなこと言ってても貧乏なんじゃな」

そういう社会的合意ができてくれれば、領収書ごまかしてまで飲み食いさせる必要はなくなるかもよ。
もしそれでも「つべこべ食わせろー」と言ってくるような者が出てきたら、そんときゃ

「ひっくくれー!!」

高給出さなきゃ人材が集められぬ、だと!?
アホいいなさんな。
高給出さなきゃ来てくれないような有能な人材を官界に滞留させるのは「国益」に反しますぜ。何度も言うけど差し引きゼロの仕事だからね。まして薄給でも私はやりたいのだ、という殊勝かつ有能な人材だって日本には少なからずおられるのですから(たぶん)。

さて、台風対策をせねば。仕事しごと。

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コメント / トラックバック2件

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  1. Dr. Waterman said, on 2007年8月3日 at 13:27

    >本来なら無給に甘んじるべき議員諸氏

    確か、名誉職として、金と暇のある人しか政治に携われないのでは困るので、貧乏人でも政治家になれるように、現代の民主国では議員は「有給でなければならない」のですよね。しかし、

    >高祿を喰み、あまつさえ様々な名目で金員を懐にしていれば

    やっかむ者がいて、最近こんな報道がありました。

    http://www.latimes.com/la-me-burke27jul27,0,7560287.story?coll=la-home-center

    ロスアンジェルス郡の supervisor(民選の行政執務官)に Watts 地区(黒人の多い市南部の地区)出身でその地区を代表するイヴォンヌ・バークという黒人のおばさんがいます。地区で選挙されるので、まぁ郡の議員みたいなものです。

    ところがこのおばさん、この地区には法律上の小さなタウンハウスを置いているだけで、実際は Brentwood 地区(UCLAもこの地区にあるが、更に山の奥の高級住宅地)の寝室4バス5(寝室以上にバスがあるということは余分な部屋がたくさんあるということ)の豪邸に住んでいる。テレビで上空から広い庭の家を映していたが、流石に住所は放送しなかったのでグーグルマップでは見ることができません。

    彼女が朝晩ブレントウッドに行き来する映像が上記の新聞記事に動画で紹介されています。別の新聞記事では、地区に住んでいない公僕がどうして地区の現状がわかるのかと怒っていました。どこでも困ったものですね。

    MWW

  2. UBSGW said, on 2007年8月4日 at 22:43

    ドクトル、こんにちは

    小用でインターネットに接続できず、書き込みが今になってしまいました。

    新聞記事、ざっと読んでみました(まだPCの復旧をやりかけなものですから)。

    「このおばはん、ケシカラン」と思うよりもむしろ、つい笑ってしまいました!根掘り葉掘りとはこういうときに使う言葉でしょうね。それはそれで大切なことなのでしょうけど。

    >名誉職として、金と暇のある人しか政治に携われないのでは困る

    ドクトルのおっしゃる通りですね。
    ところで、古代ローマの元老院や中世自治都市参事会その他、議員らしきものに歳費を支給したというような話をわたしは聞いたことがありませんが、このように政治家(議員)に歳費を支給する仕組みは一体いつごろ・どこで始まったものなのでしょうか?

    賄賂を「歳費」と呼べるのなら中国あたりでは伝統的慣行なのかもしれませんが(笑)。
    当てずっぽうながらワイマール共和国あたりのような気もしますがどうなんでしょう?

    現実に「議員歳費ゼロ」などということになってしまえば結局は事実上の制限選挙制(貧乏人は立候補できない、など)になる恐れもありますかね。
    このエントリ自体、(半ばは!)冗談のつもりです。とはいえ「ちょっとそれってどういうことだろね・・・?」というくらいの気持ちでスイスイ書いてみました。

    最近どうも話の進め方が乱暴というか雑すぎて、ちょっとばかり反省も・・・(人には「地!なんだからしょうがないよ」なんて言われそうですが)。

    この件についてはご紹介頂いた記事も再度読み返しつつ、いづれ改めて書いてみようと思います。(いや、かならず書きそうな気がします。って、どうも人ごとみたいな言い方ですが、コレ実感です。)


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