求道blog

チンピラ・イノベーションの夢

Posted in 備忘録 by UBSGW on 2007年8月13日

いまニュースをざっと眺めていた。なんでも救急車を蹴っ飛ばして逮捕なのだとか。

まあ近年珍しくもない出来事ではある。どのような事情があったのかはもちろん知らないわけだが、万一、患者の搬送に携わる隊員たちに何らかの落ち度があっとしても救急車蹴っ飛ばしてどうにかなるものではなかろうに・・・。隊員の胸ぐら掴むとかなら分からなくもないが、それにしたってそれで何かが解決するものではなかろうに。

などとちょっと偽善者ぶってみたが面白くもなし。

まあ、ほんと珍しくもなくなった。「逮捕」「逮捕」である。

逮捕者の総数が増えているのかそれとも減っているのかその趨勢は知らないが、逮捕者の増加がすなわち治安の向上であるとするならばそれは喜ぶべきことなのだろう。

いや、それとも逮捕者の増加が治安の悪化を示すのだとして私は嘆くべきなのだろうか。

と「考えるひと」ぶってみたがこれまた面白くもなし。

私の実感はどうかといえば、「わるくなる一方だねぇ」。

教育再生問題にも通じると思われるのだが、公権力の徒な行使によって教育なり社会なりをより良き方向に持って行こうとする試みはいずれ挫折するのだろう。いや、挫折すら出来ぬまま、社会の混乱をいや増すことになるのやもしれぬ。時代はどうやら19世紀に逆行しているようだ。放任経済、夜警国家。

その理想とするところはそれなりに高邁であった共産主義の崩壊以後、世界は本来の姿に戻っただけなのだろう。共産主義というオルタナティヴな存在を失ったとき、資本主義は再び暴走しはじめた。

信用力の低い人々、支払い能力のない人々が高金利の源泉となる不可思議。経済"学"的には当然のことなのかもしれないが、不思議は不思議。彼らも欲しがっている、だと?欲しがる子供にはなんでも与えてやるのかね?欲しいのは金利なのだろう?偽善はよしたまへ。いや、せめて名もなき債務者へ黙って黙祷を捧げたまへ。「あいつだって欲かいたわけだし」などという言葉はもう聞き飽きた。

それでも彼らは言うだろう。こっちだってそれなりのリスクは負ってるのだ、と。それが資本主義というものなのだ、と。各自が種々のリスクを負い自己の責任において自由経済市場でゲームに参加するのだ、と彼らはいう。

ところで「経済成長ゲーム」には「あがり」ってのはあるのかね?

一方では、知的財産権と称した知財の囲い込み。私はその権利概念自体を否定するものではない。しかし知的財産権を盾にしたイヤガラセめいた訴訟濫発には反吐が出る。なんだ、結局カネではないか。そうか、君はカネを目当てに創意工夫に励んだのか。それはそれで結構。君の勝手だ。しかし他人の創意工夫を邪魔するのはよしたまへ。
君のことだよ、ビッグ・ビル(@カレル・チャペック)。

将来得られるかもしれない経済的利益がイノベーションを促す、だと?そんなイノベーションなぞいらねえよ。その程度のものならいずれほっといても出てくるはず。べつに焦って無理して搾り出すこたないんだよ。

「もうそろそろこのへんで」「これ以上はちょっと止めとこか」などという嗜みは決して万巻を積み百論を尽くしても現れはすまい。現状追認的でしかあり得ないのが理論や学問の限界。「革新的新理論」などと気張ったところで、世界はすでにそこにあり、これからもありつづける。もちろん無限に変化し相貌を改めながら。

進歩、成長、イノベーションという幻想。

終わりなき自転車操業。

結論言いたいことは何なのか、と?

いやぁ、ま、いまの世の中「言ったもん」「やったもん」勝ちですな、ってことかな。

やってるこたそのへんのチンピラ高利貸しとどっこいどっこいじゃねえか。

馬鹿こくでねえ。

ああ、それが世の中だったのかい。

そうか、俺が眼ぇ背けてただけか。

そりゃごめんよ。


いやはや
とりとめのない夢であった。
おはよう。

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