求道blog

『怒りの葡萄』を読み終えて

Posted in 海外文学一般 by UBSGW on 2007年9月26日

怒りのぶどうは甘かった。と、これではなんのことやら意味不明か。先日私はこの作品を悲劇と書いたが、そうではなかった
(いや、そうか!?)。ま、悲劇でも喜劇でもそれはどうでもいい。物語の終盤にこれでもか!これでもか!とうち続く不幸なできごと。ふだん物語に感情を移入させて読むことの少ない私ですら「おいおいおーい」(これは泣き声ではなくて慨嘆)。
最後の最後、まさにどんづまりのところで訪れる救済。そうはいってもハッピーエンドとはとても言えないが。

物語は常にハッピーエンドでなければならない。
不幸な出来事、不条理は現実の世界だけでたくさんじゃ。
しかし、スタインベックは(私にから見れば)きわどい結末をつけてみせた。

と、こんなことを今頃になってこれを読んだ私がクドクド書いてもちょっとね・・・。一言で言えば、「悲劇」というより「叙事詩」であった。ママゴトみたいな私小説なんぞとは一線を画す、いや、次元を画す。いやいや、しかし・・・当時のアメリカでこの作品がどのように評価されたのか気になる。もちろん随分と売れたのは承知してるが。私情をまじえないハードボイルドな文体ながら、明らかに資本主義への批判が読み取れる。いや、もう少し正確にいえば、スタインベックは資本主義批判へと読者を導いている。読者がそう読むであろうことを知って書いている。しかしまたこの作品はどこをどう読んでも「プロレタリア文学」ではない。

おそらくスタインベックの特徴の一つはそのラディカルさにあると見る。彼は、資本主義だとか社会主義だとか、はたまた共産主義だとかその他諸々の、誰が言い出したか言っているのかよく分からないような枠組みには頓着しない。しかし、おそらく彼のようなラディカルな人間は、端から見ればたぶん「胡散臭い」。「あいつは資本家のイヌなんだろーよ」「あいつはアカじゃねえか?」などと出来合いの物差しで計られ、出来合いの枠の中に無理矢理押し込められてしまうだろう。手足がはみ出していようが頭部がだらりと垂れ下がっていようが、そんなことには殆んど誰も頓着しない。とりあえず枠の内にあるように見えればいいのだ。それによって社会の平穏は保たれる。

そんなことを考えて、wikipediaをざっと覗いてみた。日本語版には当たり障りのないことしか書いていなかったが、英語版にはやはり、あった。

Steinbeck complained publicly about government harassment. In a 1942 letter to United States Attorney General Francis Biddle he wrote “Do you suppose you could ask Edgar’s boys to stop stepping on my heels? They think I am an enemy alien. It is getting tiresome. The FBI issued ingenuous denials that Steinbeck was not “under investigation”. In fact, Mr. Steinbeck was indeed the object of intense FBI scrutiny. He was not under investigation, which is a technical term used by the FBI when they seek to collect evidence in connection with a specific crime.

Wikipedia(en)
(以下、拙劣訳)

「スタインベックは政府のいやがらせについて公に抗議し、1942年に彼は連邦司法長官フランシス・ビッドル宛に次のように書き送った。『私のかかとを踏みつけないように[訳注]エドガー・フーバー(連邦捜査局長官)の手の者に言っておいてもらえませんかね。彼らは私を敵性国人とでも考えているようです。うんざりしております』[原註] これに対して連邦捜査局(FBI)は、スタインベック氏について「捜査中ではない」と言下にこれを否定したが、そもそも「捜査中」とはFBI部内の用語法で「ある特定の犯罪への関与を示すような証拠を収集するための捜査」を意味するのであって ーーーしたがってそもそも犯罪に関与したという具体的な嫌疑のないスタインベックについては「捜査中ではない」のは言うまでもないのであったのだがーーー 実のところスタインベックはFBIによる厳重な監視の対象となっていた。」

UBSGW訳

[訳注]:「私のかかとを踏みつけないよう(“stepping on my heels”)」とはもちろん「尾行されている」ことを皮肉っている。

(以上、wikipedia(!)英語版スタインベックの項の一部を私が翻訳したものですからそれなりに読んでください。)

さもありなん。

原著の刊行は1939年。この年は(村上春樹が『ねじまき鳥クロニクル』で取りあげた)ノモンハン事件で関東軍がソ連に大敗、さらに安倍晋三の先達とも云える平沼騏一郎がヨーロッパ情勢の激変に対応できずに「ポキッ」と政権を投げ出した年であり、さらには欧州で第二次世界大戦の戦端がひらかれた年であった。
はたしてこの70年の間に人類はどれほど変わったのか。日本でも、持てる者と持たざる者との二極分化が言われ、警察・軍部(=自衛隊)を含む行政機構の暴走・迷走が後戻りのできない地点を越えつつあり、「国民総役人根性」が猖獗を極めている。いまの私にとってはなんとも示唆に富む一冊でありました。

福田康夫新政権誕生の日に記す。


(追記1)
このエントリへのコメントにてDr.waterman氏がご指摘下さったとおり、ドイツ(を含む枢軸国)からの移民とその子孫は(しばしば?)FBIの監視対象となったので、これだけを以てスタインベックの”政治的”背景が当局から問題視されたと言うことは出来ない。なお原註によれば彼は妻が共産党に関わることに反対して、自身は民主党に加入したとのこと。

(追記2)
「悲劇」というより「叙事詩」と書いてみたもののどうもしっくりこない思いが残っていたのだ。あとで、まさにこれだっと思える一文を見つけたので記しておく。「悲劇の本質は、決して不幸にあるのではない。ものごとの仮借のない働きの厳粛さのうちにある」(ホワイトヘッド)「白頭庵熱弁〜文明論的熱弁その参」。直リンクはまずいのかもしれないのでトップページのアドレスのみ記す。
http://www.geocities.jp/hakutoshu/civilizationlog3.html#topofthispage

広告

コメント / トラックバック4件

Subscribe to comments with RSS.

  1. Dr. Waterman said, on 2007年9月26日 at 15:26

    ドイツ系移民の重要人物は皆マークされていました。日系人だけではありません。

    あの作品は新聞記事をネタに机上の想像力で書いたといわれますが、彼自身はSF近郊サリナスのドイツ系移民3世で割合に豊かな実家であったと思われます。大恐慌前にヨーロッパから来た移民、恐慌後にカリフォルニアに移住した人たち、これらは今でも80歳以上のカリフォルニア人の語り草です。苦労したけど報われたといった話から、結局は「自慢話」になるのがほとんどですが、嫌味はなく拍手したいほどです。MWW

  2. UBSGW said, on 2007年9月26日 at 20:57

    ドクトル
    コメントありがとうございます。

    >ドイツ系移民の重要人物は皆マークされていました。日系人だけではありません

    仰るとおりです。敵性外国人として監視の対象となった人物たちがおよそどのような人々で、またその範囲がどの程度の幅をもっていたのか詳細はまだ知りませんがこれもいずれ調べてみたいと思っています。
    なお、どの本で読んだか定かでないのですが(鶴見の本だったかも)、キャンプに送られたのは日本人だけであったという記述を見たような気がしますが、その真偽はご存知ないでしょうか?もしご存知でしたら御教示頂ければ幸いです。

    私はカリフォルニアどころかそもそもアメリカにまだ行ったことがありません。今も昔もアメリカに関する情報は日本に溢れていますが、へそ曲がりの私はむしろヨーロッパにアンテナが向いていたのです。ここ1、2年ほど前にアメリカについても調べてみる気になりましたが。

    今、カリフォルニアの国府田農場にちょとばかり興味を持っています。というのも、阿川弘之の紀行エッセイや「カリフォルニヤ」という作品の中にこの国府田農場の名前を目にしたことがあったのですが、その後、星新一の評伝を読んでいたときに、星一の臨終に国府田が関わったとの記述を見つけて少しばかり興味を覚えた次第です。もしかすると何の関係もないかもしれませんが。それにしてはそれほどありがちな姓でもないので、「たぶん・・・」と思っていますが。
    これもボチボチ調べてみるつもりです。「ご縁」があればまたどこかで遭遇するでしょう。

    苦労を重ねた「オーキー」たちのその後がとても気になります。もしも彼らが数十年後に「自慢話」を語っているのだとしたら私としてはなんだか嬉しい気がします。
    なお、今回のエントリはちょっと勇み足気味でありました。

  3. Dr. Waterman said, on 2007年9月26日 at 22:23

    いやいや勇み足などではありません。私も原作というよりは映画のシーンが甦り私もこの記事に参加したくなったのです。

    そうです。日系人だけです。アメリカだけでなく、カナダ政府も実施しました。すべての日系人ではなく、海岸線から一定以内の日系人はアメリカ国籍があっても収容されました。我が家にも知人が収容所で作った壁飾りが何点かあります。生活そのものは自由だったようです。しかし、帰って来たら家が誰かに取られていて取り返すのに苦労することもあったようです。

    国府田は英語ではKodaと書き、発音はコーダです。彼は星一と同郷ですから元々知りあいだと思います。なお、我が家は昔から「国宝ローズ(バラ)」という愛称の国府田米しか食べません。秋になると一年分予約します。すぐ売り切れるからです。間もなく新米が出ます。高いのですが一番おいしい。(Koda Farm のホームページがあるはずです。探してみてください。)

    直接Okiesの知り合いはいません。今後年寄りに聞くようにします。

    MWW

  4. UBSGW said, on 2007年9月27日 at 21:32

    ↑のDr.waterman氏の情報にしたがって検索してみると・・・なんとkoda farmとは、今さら尋ねるのがおかしいくらいに名の知れた農場なのでした (GoogleEarthでも試してみたら”koda farm”だけで該当個所に飛ぶわ、農場周辺の鮮明な衛星画像が見れるわで一驚!)。

    国府田敬三郎、鯨岡辰馬という人物、農業の大規模経営とその問題点などなど、また調べることがたくさん出来ました。
    ドクトルに感謝!

    しかしなんとまあ農場のデカいことでかいこと。工場、なんていうよりも「工場団地」。正直、山本五十六の気持ちが分かる気がしたよ、俺は・・・。こら勝てんわ。いまさらだけど。

    ちなみにスタインベックの故郷サリナスにも近い(直線距離で100km程度か)のが「ホゥぅ!」でした。


現在コメントは受け付けていません。