求道blog

消されたカード

Posted in 政治 by UBSGW on 2007年11月6日

干天の慈雨とはこのことか。乾ききった大地がまるで甘露をなめているようにも見える。

しかしまあ日本(日本語)と「大地」て言葉はどうにも噛み合っていないような気がする、つねに。借りてきた猫、借り着、よそゆきの言葉。パールバックの名作はまだよんだことがないが、たぶんおれには鬼平犯科帳あたりのほうが好みに合うだろうなあとなんとなく思う。それでもまあ何事も経験なんても言うし、そのうちパールバックも読んでみるか。

借り着といえば民主政治なんてのもそう。対立する勢力の拮抗が「ねじれ」とはね。そりゃないだろ。

小沢氏、やめるのかやめないのか知らないしどっちでもいいけれど、本気で大連立なんて考えてたんだろうか?もしそうなら結局はこの人、その程度だったというわけか。「政策を実現するためには・・・」だということだそうだが、先の参院選で民主党に投票したひとのうち本気で彼らの公約の実現を信じていたひとはどれほどだったのだろうか。あれは結局のところ妻が、自分を顧みない夫に浮気をして見せたというくらいのものだと私は思う。夫を振り切って鞍替えするほどの魅力を持った男ではなかったということか。「これを機に化けることなきにしもあらず、か」と思わないこともなかったが、どうもね・・・。

口で二大政党制を唱えつつ大連立なぞ、まったくお里が知れるぜ。「だれも俺たちに政策そのものの実現なんて(まだ)求めてないんだ」と理解してやってるのかとおもいきや、さにあらず。

あくまでも給油法案に反対し続ける姿勢を眺めつつ、その結末に期待と憂慮を覚えていたものだが、まさかこんなつまらない芝居が繰り広げられるとは思いもせず。ポッキリ折れた安倍氏にせよプチンと切れた(?)小沢氏にせよ、アメリカにとって不都合な人物はたちまちにして挫折する。これが戦後日本政治の「公式」だとすれば、小沢氏の辞任を理解するにはどうもカードが一枚足りない気がする。一項足りない。イカサマ臭い。

臭いといえば、「大連立は小沢さんが持ち出してきた」とニヤニヤ語った先の自民党総裁候補(当初優勢を伝えられたオタクの教祖)の顔面からは強烈な腐臭が感じ取れたのであった。

「政界の混迷」云々の見出しが踊るアカ新聞(朝日のことではないよ)を眺めつつ、安倍氏がやめたとて大勢は変わっていないのだと実感。時代はまるで昭和初期。けっきょくのところ、肝心カナメの勘ドコロは誰も書いちゃあくれないようだ。そんなことを今さら期待する私の方がよほど時代が見えていないのかもしれない。「またまたポッキリ」がマスメディアの売り文句なのかもしれないが、おいおいそれではまるで風呂屋の呼び込みだよと憎まれ口の一つも叩きたいぞ、野人は。

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