求道blog

マッチポンプがいちばんおいしい

Posted in 政治 by UBSGW on 2007年11月8日

台風一過、ってか?
嵐のように湧いて出た騒動がひとまず収束しつつあるようで。こちとらそれどころじゃなくて台風が荒れ狂っていることも数日前までは知りもしなかったが、一昨日だかにテレビで見かけた剛腕代表の表情からただならぬ雰囲気を感じてザッとニュースを検索して見てみた。
「ひでぇな、こりゃあ」
台風一過の青空とはいくまいね、これでは。死屍累々、家屋倒壊、堤防決壊、復旧の目途たたず。

剛腕小沢一郎が肘を痛めようが政治生命絶たれようがさほど興味は無い。それにしてもこの自民党・民主党の大連立構想を巡る狂ったようなマスコミの騒ぎっぷりは目に余る。というより付き合ってられない。読む気も見る気も起こらない。とはいえさきほど一連の経過を確認してみるためにニュースの類を読み返していたが、そのほとんどは伝聞に基づく憶測記事ばかりであった。唖然呆然。これらの記事がバケツをひっくり返したかのように世の中に溢れかえったなら、「先行き不透明」「混迷」「不可解」の声ばかりになって当然だよな。なにせ憶測で書いた記事がほとんどなんだから。「不可解」なのは政治ではなくむしろ記事・ニュースの内容というべきだった。

かたや「自民党幹部は・・・」「与党関係者は・・・」と伝聞を語り、かたや秘密会談の内容をまるで自分の目で見てきたかのように書き散らす(情報源の影も形も見当たらず)。台風の目の中にいた例の二人の生の言葉は記者会見などほんのごくわずかしかないのに、その周囲の連中が「福田さんはこういった」「小沢さんはこう言った」と喋々し、これをまた「じゃあなりすと」様たちがまるで当人たちが語ったかのような大ニュースとして撒き散らした(S新聞とY新聞がとくにひどかった)。結局騒ぎ立てていたのは台風の目の周囲にいた連中。目の中にいる二人意外なほど静かで寡言であったようだ。

じゃあなりすと様はよく「情報源の秘匿」をおっしゃるけれど、しばしばそれを悪用してニュースを「作る」。そのテの連中がチャラチャラ書き飛ばす記事のなかから事実らしきものを抽出してみるとこれが極めて微量、どうかすると皆無。それでもページビューは増え号外が出て紙面が埋まる。結構なことであるなあ、おい。儲かったかい?

剛腕氏は「恥ずかしながら撤回」らしいが、今回の騒ぎに関してはむしろじゃあなりすと様たちのほうがよほど「矩を越えてしまいました(いつものことですが)」と恥じ入ってみてはどうだろうか。Y新聞のある記者あたりは、マスコミ批判した剛腕氏に「どこの報道がどう間違っているのか。党首会談に至った経緯について、わが社の報道は複数の情報源から取材した根拠のあるものだ」と啖呵をきったそうだが、もしや自社が流布した記事を読んでいなかったのだろうか?情報源が複数なら信憑性があるわけではない、ということは自明だろう。たとえば(じゃあなりすとではない)一般の人が、ある事件について複数の新聞やテレビ(情報源)から情報収集したばあいはこの記者の言うような「根拠のある」情報といえるのか。否。たいていの場合、事件事故に関する報道のソースは一つしかない。捜査機関の発表を各社がちょろちょろアレンジして書いた記事なぞ、たとえそれが10社分でも100社分でもカスはカス。ソースは一つ。与党やその取り巻きあたりからどれほどたくさんの情報を集めたとて情報の精度は上がらないよ。複数の情報源は、それぞれが(いろんな意味で)離れていれば離れているほどよい。それでこそ始めて「複数の情報源」といえる。いや、もしかするとY新聞の記者はそのことを充分ふまえ、実践したうえで上記のような言葉を吐いたのかもしれないが、実際の報道を見るかぎりまずそのようなことはなさそうだ。

騒動そのものは一瞥した限りでは「アホくさ」の一言に尽きるが、今回の出来事は事実上マスメディアの「死亡公告」であったように思われた。おそらく数十年前にも同様のことがあったのだろう。つまりマスメディアは何度でも死んできたしこれからも死につづけるのだろう。ああ、つまるところ彼らは不死身というわけか。なるほど。てか、初めから死んでるのか?

「ええじゃないかええじゃないかそ~れわっしょいわっしょい」

ここまで書いてきてふと最近読んだ本の一節を思い出した。

あまりにも急速に肥大した騒ぎの中で、それに火を点けたのが、飾磨の何の計画性もない「ええじゃないか」という一言だったことは誰も知らない.そういうものだ。

森見登美彦『太陽の塔』 新潮社 2003
一言付言すれば、今回の騒動が誰かの「計画性」にもとづくものだったのかどうか、そんなことは私は知らない。知らないことは「存在しないない」ということを意味しない。分からないこともまた同様。私に分かるのは「自分が知らないことを知っている」ということだけだ。なにもべつに自分をソクラテスになぞらえているわけじゃない。知らないものは知らない。それだけ。でも想像するのは自由、でしょ!?

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