求道blog

南国のシロクマ

Posted in 備忘録 by UBSGW on 2007年11月22日

そろそろ冬篭りの季節になった。
秋になったのに暑い暑いと言っているうちに急に寒くなってにわかに始めた冬支度。とはいえ銀世界とは程遠い南国に住む野人であるからして大したことをするわけでもない。南向きの4畳半にメモ・ノート・座右の書の類を移動させて、夏の間眠っていたPC(こちらは夏篭もり)をアップデートその他再設定してやって、あとはストーブを用意。たったそれだけである。手を伸ばせば必要なものすべてに手が届く環境、それこそが野人にとっての贅沢なり。

必要なものにすぐ手を伸ばせるといえばしかしPCはやはり便利なものだ。一昔前には想像すらしなかったこと、こういう風に使えたらなぁと思っていたことが今まさに実現している。本のありかを調べ取り寄せ保存する、お茶の子さいさい。ありがたい。
そういえばatok x3 for linuxは商品モニタを募集していたらしい。Just My Shopとかいうメールで案内したそうだが、こちとら週に何度も来るようなメールは読まないので見落としてたよ。まあいずれにせよ買うのでよい(Ubuntuできちんと動くようならではあるが)。

(追記)atok for linux x3へのリンクをページの上部に追加しました。今回のリリースに感謝を込めて。

ところでシェエラザードのあと、ずっとロシア文学に浸っている。ありものの『地下室の手記』を手始めにロシア文学お手軽セット(文学全集)を読んでチェーホフの「六号室」に驚く。さらっと読んだ後ふたたび舐めるように再読。喫驚。読書を愛する中年の田舎紳士(精神科医)が患者の一人である青年への共感をうかつに示したが故にいつのまにやら患者として収容されてしまう世にも奇妙な物語。滑稽でもあり恐ろしくもあり妙な現実感をも伴う。有り得ないようでいて有り得そうなはなし。possible。いやむしろ21世紀に入ってこの”possibleな話”がむしろ”probableな話”となりつつあるような気がしている。というよりもうすでにそうなっているかもしれぬ(例の”和訳作業”をしながら”日本語における「可能性」”についてふと考えるようになったが、これはまた別の機会に)。「まーさかそんなこたあるめーよ」くらいの話が今、「ま、あるよね、そんなことも」へとなりつつある。可能性という言葉が味噌もクソも一緒にする形で用いられることの危険性というものがあるのではないか、そのようなことをふと考える。

冬篭り中はたいていそんなことばかり考える南国のシロクマにとって冬はこれからだ。しかし本物のシロクマは冬眠なぞするのだろうか?するならどこで?これもまたこの冬のテーマの一つになった。

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コメント / トラックバック2件

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  1. Dr. Waterman said, on 2007年11月23日 at 13:04

    >滑稽でもあり恐ろしくもあり妙な現実感をも伴う。有り得ないようでいて有り得そうなはなし。

    何が怖いといって、これほど怖いことがない。トラウマ。

    ロシア文学も冬篭りの一つですね。雰囲気が出る。束の間の休日で、私は図書館から借りた日本文学を読んでいます。もちろん原書で読んでいます(笑)。冬篭りというわけではありません。久しぶりなので、何となくほっとします。

    MWW

  2. UBSGW said, on 2007年11月23日 at 22:00

    ドクトル、こんばんは(こちらは夜です)

    ロシア文学はなんとなく篭もって読みたくなる雰囲気を持ってます。そういえば私は昨年もちょうど今ごろ「地下室の手記」を読んだはずです。毎年恒例というところ。
    日本文学を”原書で”お読みになっているとのこと。別宅Dr.marksの方で夏目漱石の名前を見かけた気がしますが今飲まれているのはそのあたりでしょうか・・・?。「坑夫」なんてなんとなく「地下室」と通じるものがありそうですが、ちょっと青臭いさが鼻についてしまいますかね。

    小生、いまのところロシア文学を原書では読めません。たぶん一生・・・(笑)。ドクトルも”ご自宅”のほうでで書いてらしたように、あれもこれもやってると収拾がつかなくなりますものね。それでもやはり外国文学をその国の言葉で味読したい気持ちは今でもあるのですが。
    ところでコメント中の「トラウマ」の文字が・・・いや、なんでもございません。
    読後に”ご自宅”の方でも文学を一席どうですか? ナラティヴつながりというところでいかがでしょう。ご検討のほど(微笑)。


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