求道blog

迷走におわる

Posted in 雑記 by UBSGW on 2008年1月25日

正月休みに河合隼雄やユングやらを読み返していたが、そのうちの一冊がアンソニー・ストー著河合隼雄訳の『ユング』であった。ユングの人となりと思想とがコンパクトにまとめられている。そこにうかがえるストーのユングの思想に対する是々非々とした態度と、河合隼雄のストーに対するこれまた是々非々とした態度とが私にはとても好ましく思われた。そんなわけで今、ストーの本を何冊かポツポツと読んでいたが、ふとブログに書きつけておきたくなった。

『孤独』。
まだ読みかけではあるが、この本のテーマは人間にとって「孤独」がどのような意味を持つのか、ということらしい。どうやらストーはボウルビィやらフロイトやらサミュエル・ジョンソンやらを引照しつつ、「孤独」の肯定的側面を明らかにしていこうとしているらしい。ちなみに、空想を幼児的なものとし、また想像力に積極的評価を与えなかった(それどころか現実逃避とまで貶している)としてストーはフロイトを批判している。

フロイトは、現実世界が完全な満足感をもたらしうる、あるいはもたらすことができなければならないと考え、成熟した人間は、空想を完全に捨てることができるのが理想的と考えていたようである。(P110)

しかしこのあとにストーはこうも言う。

しかし彼は、きわめて現実的で頑固、そのうえ悲観的な人だったので、この理想が達成できるとは信じていなかった。

ここで私は「ストーさんってなんて公平なんだろう!」思わず笑ってしまった。
ちなみにフロイト自身がそうとは信じていなかったと断定する論拠をストーは明示していない。が、ここはひとまずストーを信頼しておこう(なにもかも調べ尽すことは私の手に余るのでね)。

何を書こうとしたのか忘れてしまった・・・。
書こうと思い立つまでの経緯ははっきりしてるのでそれだけ書いておこう。
えーと、『孤独』を読みつつ、昨年末から連載されて今日ついに完結した「蕩尽伝説」の「新たなるアニミズム」の21講を読み、そして「遠方からの手紙」の「 サルトルの 『嘔吐』 をちらちらと読み返してみた」を読んだところで「ピンっ!」と来たのでした。蕩尽伝説にも遠方からの手紙にも「うんうん、そだそだ」となった理由を、『孤独』に絡めてまとめてみようとしたんだが、駄目でした。消化不良。

いずれ全然ちがった形で書くことになるだろうという予感。

ついでにメモ

西洋人は今日までオーストラリアの原住民、南北アメとリカの先住民族、アフリカやインドの住民たち、その他多くの集団に対して、ぞっとするほど残酷な仕打ちをしてきた。そして、西洋が絶え間なく発明を続けているという現実を考えると、人種差別や皆殺しが計画的には行われなくなった現代においてさえも、伝統的な集団がその場を追われることは、おそらく避けられないであろう。(前掲書 P108)

うーん
「アメリカン・グローバリズム」とやらもいずれ「奴隷貿易」や「アヘン戦争」みたいなニュアンスで語られる時代がくるのであろうか? どうだろ。
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コメント / トラックバック1件

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  1. かつ said, on 2008年1月28日 at 13:09

    どうもどうも
    最近、拙宅はいろいろと紛糾しております。
    「嘔吐」の独学者を持ち出したのも、もともとはその件との関連だったのですけどね。
    いやはや、疲れまくりです。


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