求道blog

痴呆地方の大合唱

Posted in 雑記, 行政, 政治 by UBSGW on 2009年9月17日

今日9月16日、鳩山新政権の発足した。新閣僚のメンツを見る限りとても清新な印象だとは思えないが、あの安倍内閣ですら「清新」イメージで売っていたのを考えてみれば、強いてそう言って言えなくもないのか。8月末の総選挙以降今日まで、ときどき新政権移行についてのニュースを見聞してきた。それらについての感想らしきものをここにメモしておく。

ほんの2.3年前まで、日本列島では構造改革の大合唱が聞こえ、誰も彼もがそれを「良きこと」のように言い習わしていた。むろんそうでないものもありはした、いはしたけれどそうした声はたいてい多勢の声にかき消されがちであったと私は記憶している。構造改革を念仏のように唱えて前々回の総選挙に大勝した小泉首相の時代には構造改革が主旋律を奏でて、安倍時代には国家主義がそれに取って代わり、参議院選挙での自民党大敗をしおに政府与野党地方自治体上から下までセーカツシャ・チホーの大合唱、リーマンショックその後の景気後退も相まって「地方の・・・ために」「庶民の・・・・のために」という言い分に異論をぶつけることがはばかられるような空気が、そこはかとなくただよっている。いつものことながら、「あれかこれか」「右か左か」「猿かチンパンジーか」をヒステリックに騒ぎ立てて、我が田に水を引こうとする理屈ばかりが耳に入ってくる。「地方の疲弊は深刻なんじゃ!」「そうしないと生活できんのじゃ!」と言われたら「はぁ、そうですか」と答えるしかないわけだが、それならばその「地方」「生活」とはいったい何なのだ?ということをもう一度考えてみたいと思う。

民主党が政府の無駄遣い撲滅を旗印として本年度の予算執行の一部停止を持ち出したことに対して地方は予定通り執行する、いまさら(金は)返さない等々愚図愚図とした文句を言っている。返さない・返せない理屈はいくらでもつけることができるわけなので、それについてあれこれ言うことはしない。ただ、地方の首長にせよ議会にせよ、子供じみた物言い・振る舞いはいいかげん目に余る。

定期便ゼロの危機 日航が松本空港撤退検討
経営再建中の日本航空が、12年3月末までに県営信州まつもと空港(松本空港)の路線運営からの撤退を検討していることが明らかになった16日、関係者に衝撃が走った。同空港で定期路線便を就航させているのは日航だけで、撤退となれば、300億円以上をかけて造った県民の空港から、定期便が姿を消す事態になる。
 松本空港の定期便は、大阪(伊丹)便が毎日、札幌便が週4日、福岡便が週3日あり、いずれも日航グループの日本エアコミューターが運航している。だが、今年7月の利用率は伊丹便で39・5%(前年同月51・6%)、福岡便で45・3%(同46・2%)と低迷。札幌便も76・0%(同84・7%)にとどまる。
(中略)
 県内の関係者は戸惑いを隠せない。村井仁知事は16日、「まったく聞いていないのでコメントしようもない。松本空港と日本航空は、これまで運命共同体的にやってきた。不採算の便が議論になるのは当然だが、縮小すればいいというものではない」と話した。
 県交通政策課の小林利弘課長は「日航が持っていた国内の航空ネットワークが地方に果たした役割は大きい。国、地方も含めて、これをどう維持するのかという議論も進めて欲しい」と訴える。雇用への影響についても「松本空港には地元の従業員も多い。影響は大きい」と心配する。
(以下略)

asahi.com

談合が発覚して指名停止になった土建業者が「現下の経済情勢下、従業員への影響が大きいので指名停止を解除してもらいたい」などと居直るいま、この松本空港の記事の中にも雇用・従業員への影響甚大をあげて難色を示している。ご承知の通り、似たようなことはこの件に限らずともいま日本全国津々浦々首長議会住民が口にする(と報道されている)。理屈はどこにでもつく・つけれられる。需要が少なく経営が成り立たないと分かっていながら無理矢理公金を投入して建設した空港が日本にはいったいいくつあるのだろうか。また空港以外に同じように甘い需要予測・過大な経済効果予測・公共投資という名目の土建業者経由政治資金調達がらみの案件はどれほどあったのだろうか。おそらく数え切れないほどある。そして経営余力の乏しくなった民間企業が撤退を口にしたとたんに「不採算の便が議論になるのは当然(経営の効率化はそりゃ大切)だが、縮小すればいいというものではない(俺らんとこでやられちゃ困るぜ)」とくる。いささか意地悪な書き方をしてしまったが、この知事さんの正直な気持ちであろうと思う。そしてこれは何も長野県だけの話でないのはおよそ想像がつく。放漫財政・国や官僚のやっていることと寸分違わぬ天下り、地方でもやっていることは当然のことながら「ミニ日本」であって、とてもではないが国ばかりを批判できそうもない。しかしなぜか今、「地方」を語れば桶屋が儲かる。

まとまりがなくなってきたので切り上げるとする。
金がないから財源をよこせ、という前にリストラ・緊縮財政・天下り廃止など地方自治体・議会がやるべきことは山ほどある。
「分権なんざ百年早い。顔あらって出直せしてこい

すると自治体は恐らくこう言うだろう。「じゃ、財源が無いから行政サービス切り下げます」と。
そして住民はといえば、「財源のない自治体の行政サービスが低下するのは当然だが、切り下げればいいというものではない」と乾いた声でぼやくも、その言葉を聞いてくれる者はもはやどこにもいない、ということになるのだろう。

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コメント / トラックバック1件

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  1. said, on 2009年10月18日 at 18:54

    文章修業に精を出していただきたい。内容はともあれ、読みやすい文章を書くことは訓練で可能なのではありませんか。


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