求道blog

平成二八年

Posted in 備忘録 by UBSGW on 2016年4月7日

格別書きたいことも書くべきことも無いのであるが、4月の新年度らしいニュースなどを見聞していてふとこのブログを書き始めてから今年でちょうど10年という節目であることに気がついたのでこれを書いている。

この10年のうちにブログの置き場所(インターネット上のアドレス)は Seesaa からさくらサーバー上の WordPress 、そしてここ wordpress.com と転々としたしブログのデザインも何度か変えたけれども、その間に変わったことといえばたぶんそれくらいで後は何も変わりない、おどろくほど。(閲覧者が少ないのも変わりなく。)
いまは(このブログ内の)見えるところには出していない(連絡先としての)メールアドレスも一貫して変わりないが、メールアドレスを公開した状態だと何かと鬱陶しいのもあって非表示にしているのは誰かがNTTの電話帳への電話番号の掲載を希望しないのと似たような理由なのかもしれぬ。ともかく必要なときはコメントフォームに書き込んでもらえれば済むのでそれでべつに不便もなかった。

ブログに限ったことでなくともまあ「10年ひとむかし」というくらいだからいろいろと変化があってしかるべきなのかもしれないが、私自身に関して言えばまあ馬鹿々々しくなるほど変化のない10年だったというのが実感ではある。あるいは私自身が視角を変えて見れば大きな変化といったものが見えてくるのかもしれないが。

もし、この3年近く(といっても2010年以降の投稿は数えるほどなので実質的にはその倍ちかくだが)放置したままのこのブログに改めて何か書き加えるべきことが有るかと問われたなら、私は「無い」と答える。「書くこと」がなくなった理由は東北大震災、とりわけ福島の原子力発電所の事故に言及しているエントリを読んだ人にはおよそのところは明らかだろうと思うのでここでは繰り返さない。

わざわざ言うほどのこととも思えぬが念のために言い添えておくと、そもそも大層な目的かなにかがあってこのブログを書き始めたわけではない。日本のことや政治、社会のことについて書くことが目的でもなかったし今もそれは変わらない。ただ、何を、何について書くにせよせめて一服のユーモアを、とは常々思いながら思いつくまま書いていたのが、あの震災と、そして特にその後のありさまを見聞して以来何かを面白おかしく書くということに強い抵抗を覚えるようになった。ユーモアにはなじまない出来事や人間の行いというのは私はあると思っている。そうして震災後しばらく経ってからいささか無理をして書いてみたこともあったが、その文章は当時も今も読むに耐えない。しかし今もそれを公開し続けているのは、その目も当てられない文章を読み返すたびにあのころ自分自身が感じていたいろいろなものがはっきりと蘇ってくるという一種の「感情再生装置」になっているからである。

もし、今後また何か書くべきことがあれば、あるいは書くべき時が来れば再び何かを書くこともあるかもしれないが、いまのところそのような何かも無ければまたたとえ何かがあったとしてもそもそも大して長いわけでもない内容があるわけでもない文章を書くぐらいのことですら「息切れ」がして気力体力が続かないので書きようがないし、そういう状態で無理に書けばまたいつかの読むに耐えない文章の類が増えるだけだろうと思っている。

そういうわけなので次回のエントリはいちおうブログ開設20周年記念となる2026年の予定、と言っておく。


10周年記念というわりに文字ばかりで殺風景なのでせめて景気の良さげな絵か写真でも添付しておきたいところだがいまは適当なものが見当たらない。
先日某所でゴッホのまとまったコレクションを観てからというもの、インターネット上でゴッホの作品を探しては眺めてを繰り返しているうちに気に入った作品がいくつもできたので、そのうち何かアップロードしようか。(ゴッホでは景気づけにはなりそうもない気もしないではないがまあそれでも無いよりはましだろう。)

Vincent van Gogh, At the Foot of the Mountain

Vincent van Gogh, At the Foot of the Mountain

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守るべきものを失った国の末路

Posted in 備忘録 by UBSGW on 2012年11月19日

衆議院が解散したそうで。いまさら言うべき言葉も持たないが備忘録としてメモしておく。以下の文章はそれ以前の11月初めに書いたものなので微妙に的外れなことを書いているようにも読める気がするがわざわざ書き直す意義も見当たらないのでそのままにしておく。

 


 

守るべきものを失った国の末路。このタイトルだけはもう何年も前に決まっていて、この1、2年のあいだにも何度も何度もこのテーマが念頭をよぎったが、もしそれについてなにがしか書いたとしても結局のところ敢えて公開することも何かしら憚らざるを得ないように思われたので毎度毎度中途で放り投げていた。とはいえその心理的な抵抗感はいうまでもなく内的なものであって、別段それを書いてしまっては私自身が困るというものでもなく、せいぜい「縁起が悪い」くらいのものでしかないのは事実であった。

遅くとも2005年の時点でどうやらこの国がごく近い将来、たとえば5年とか10年程度の期間中に「戦争」というものに直接関わることになるということは、その当時の民意のありかたからしても決して絵空事とは思えなくなっており、このことはほんの数年前まで私的な場でたびたび口の端に乗せてきたことでもあるが、2010年以降の日本は加速度を増してそちらのほうへそちらのほうへと驀進してきたために、もはやそれをわざわざ口に出して言う必要をすら感じられないほどになっている。

しかしいま思い返してみれば戦争の影はもう少し別の方向からも投影されていた。たとえば2001年テロ以降のアメリカにおける論調や各種テロ対策の多くには多大な危うさが内包されていることは疑い得なかった。たとえそれが民間人に対する大規模無差別テロへの反応であるという点を考慮に入れても、万一それらの施策が恒久化されてしまえばアメリカ一国にとどまらない手ひどい副作用をもたらすことは明白であった。確かにアメリカの立場に立ってみれば、自国内における自国民ないし居留民に対する無差別殺傷への報復すなわち「テロとの戦い」という名分は見事に立つのであって、たとえアメリカが自国内で自国民および居留民の自由や人権に一時的な制限を加えたとしても敢えて「受忍限度」の範囲内であると言っていえなくはないのかもしれぬし、あるいはまたそこに多大な歪みがあるとしてもそれ自体復元が可能な程度ならばそれはそれとして「有り」なのかもしれぬ。ただしかし、当国の人々がそれを受忍するなら強いて他国の者が容喙するべき事でないとは言えても、何かと言えば「自由と人権」を以て他国政府に当たってきたその当国が自由と人権への制限を実行することが世界に及ぼす影響は小さくないと見当をつけた。実際、911テロ以降、チェチェンでもチベットでもウイグルでも、それまでの民族紛争が「テロとの戦い」に化けたように記憶している。

そしてまた「アメリカの忠実なポチ」と目される日本においては、「アメリカでは・・・」「欧米でも・・・」「先進国では・・・」などという枕詞は21世紀の今にになっても手放しがたいものであるかのごとく珍重されがちであるからして、権威温存予算分捕り権限拡大にメのない役人輩にとっては格好の機会であった。そのあたりの消息は今も変わらずことあるごとに繰り返されており、今次震災とその復興事業においても「『震災復興のため』『食べて応援』『がんばっぺ福島』ですからネ、いまは、ネ」と言うかの如くであって、まったく自国民の災難を奇貨として私利を図るという意味ではなおいっそう悪質な有様であったことは記憶に新しい。むろんそうした人非人的行状は言うまでもなく(というのは悲しいことだが)小役人輩に限ったことではない。

たしか今年の春頃だったと思うが原子力発電所の事故調査委員会だかなんだかで「簒奪者1号首相」 ((簒奪者2号はもちろん現首相である。)) が「事故の責任は国にある」云々と述べたらしい。もし国がわれわれと同様に人格とか感情とかを持っていたならば、自分のあずかり知らぬところで勝手放題やりたい放題にやってきておいていざ未曾有の事故を引き起こした挙げ句に「国が悪い」とはよくもまあ言えたものだと呆れて開いた口がふさがらないことだろう。そもそもあの悪質な機会主義者の言う「国」が如何なるものを指すのか定かではないが、それは抽象的な意味での「日本国」とも読めるし、あるいはそれを代表する政府とも読めればはたまた国民統合の象徴たる天皇とだって無理読みすれば読めるのではないか。そのいずれにしても、あるいはまたそれ以外の何かであるとしても、いったいその責任とは何なのか。その責任はどこに所在するのか、その淵源はどこに由来するのか。

ごくあたりまえに考えれば、そこでいう「国」とは規制当局と考えざるを得ないが、ではその規制当局が今回の原子力災害に関して如何なる責任を負いその責めを受けたのか一向定かではない。結局、いつぞやの省庁再編と同様に看板を掛け替えただけの新官庁が生まれただけだったはずである。実体を持たない「なにものか」に「象徴的に」帰責することで結局は誰も責任を負わずまたそのことを強いて誰も言挙げしないというあり方がまさしく戦前戦後を通じて変わらぬ日本という「国」の姿だと言えるのかもしれないが、姿かたちが無いばかりにめいめい手前勝手に都合良く利用され帰責されては「国」もいい迷惑だろうと思う。福島の件に関していえば規制当局の出鱈目さは東京電力のそれと併せかつ事故以前に遡って弾劾されなければいったい何のための規制当局なのかと言う他はないが、これまた毎度毎度のことながら「彼らもまた不本意ながらそうする以外になかったのだ」というような弁解とも開き直りともつかぬことをボソボソ言いながら俯く相手を今更責めるのも「大人げない」こととして、時の経過とともに有耶無耶になっていくというのが常例ではある。つまり「国に責任がある」と言明することは、その、国に帰されるべき責任を負う者がどこにも存在しない事実を以て結句「(国以外には)他の誰にも責任は無かった」と述べていることになるのである。

こうして「国」は明確な姿形も意思を示す口も持たないが故にその構成員たちからはその都度都合良く利用され搾取され身に覚えのない責任を負わされる一方で外国からは(構成員を代表するかたちで)名指しして非難されることにもなるのであって、ほんとうに日本という国は可哀想というか哀れというか何とも言いようがない。なんだかそう考えると今の日本という国は戦前の昭和天皇の姿と瓜二つではなかろうかという気がしてくる。もちろん昭和天皇には明確な姿、実体としての肉体もあればものを話す口も聞く耳も見る目もあったというところは異なるにしろ、立憲君主という立場を守ろうとすれば権限行使に抑制的にならざるを得ずに臣下の専横を食い止められず、名目的には君主であっても公にはものを言うにも何かをやるにも大きな制約があったあたりはどうしても「国」と重なって見えてしまうのである。戦後の昭和天皇、そして今上天皇は「日本国民統合の象徴」たらんとして結果「哀れなる日本国の象徴」となるに至ったと言っては 不敬 と言われようか。全く以てその心中察するに余りある。

何度か書いてみようかと思ったことのある天皇制についていまさらくだくだしいことを書く気力も体力も今の私には無いのでひとことだけで済ますとすれば、日本人はたとえ天皇を戴こうとあるいは石ころを戴こうと結局のところ同じ事をやっただろうし、やっているし、これからもやるに違いない、ということに尽きる。なんどでも同じ事をやるだろう。なんどでも同じ事を繰り返すだろう。お社のご神体がちっぽけな石ころであることに何の違和感も覚えない日本人にとってみれば、生身の人間を神と見なすこともまたさして奇妙なことではない。したがって、もしもどこかの外国人が先の大戦に関して昭和天皇を糾弾するのなら私は彼あるいは彼女に言っておきたい。「たとえあれが石ころだったとしても日本人は寸分違わず同じことをやっていただろう」、と。人間を神に祭りあげ、石ころを神に祭りあげて、日本人がほんとうに求めるところのものは何なのか。求めてきたものは何なのか。もはやその答えは明らかではなかろうか。それは、勿体をつけて呼ばわる国体でもなく、あるいは天皇でもなく、石ころでもなく、そして民主主義でもない何かであって、自国民・同国人の被災を脇目に自己利益を図る姿を一瞥すればもはや答えは明白といえる。

つまるところ日本国民の「統合」は失敗に帰したのではなかろうか。ここで「統合」の定義について述べることはしないが、もしそれをとりあえず統治権力が存在しいちおう国家としての体裁を整えているという意味だとすればこれはたしかに達成していると言ってもよいと思う。しかし3・11そして特に原子力発電所の破壊とその処理を巡る世論の有様を観察するにつけ、それがほんとうに国民が統合された総体としての国家であり自由人としての国民であるとは贔屓目に見たとしてもちょっと無理がある。もっとはっきりと言ってしまえば、3・11以降の日本において生じた出来事は、大災害に際会しての国民の統合とはまるで正反対の「分断」であったと結論せざるを得ない。私は福島第一原子力発電所の破壊が回避不能な事態であったとは考えないし、況して核物質や原子力発電を巡るその後の対応およびそれにまつわる国民分断が避けられぬ事態であったとも考えない。私は(政府発表が真実であるならば)原子力発電所の破壊は震災に起因する不可避の事態ではなく対応を誤ったことによりもたらされた人災であり、そしてその後の国民世論の分断は失態を糊塗しつつ今後も原子力発電を継続することを目的の一つとした「操作」であると結論した。もしそれが治安維持上やむをえざる措置であったのだとするならばそれはもう一年以上も前に終えていなければならない措置だったはずであるが、実際にはむしろ初期対応が一段落した後に「操作」が活発に為されているところからすれば、その目的は決して治安維持を目的とするものではないと考えざるを得ないだろう。

かたや広範囲の国土を事実上消滅させ、多数の住民の故郷を奪い、関東一円さらには日本全国に放射性物質を拡散し今も拡散しつつある企業が「規制に従ってやっていたことである」と強弁し、一方で規制当局は毒を食らわば皿までもと言わんばかりに核物質の広域拡散・思慮無き原子力発電所再稼働を推進している。かたや制御を失った原子炉に見切りをつけることが出来ずに最悪の事態を招き、一方では「浸水区画」を閉鎖・隔離することを放棄してわざわざ「全区画注水」を開始して船中で「わかちあい」を大合唱するも、既に被災以前から推進力を失いつつあった船はいよいよ沈みはじめ、これは不味かろうと弱者から先に吊し上げをやりはじめる。そしてそうした企業・当局の周囲には学位はあっても節操のない「偽学者」やらそれらしいことをそれらしい顔で述べるばかりの文化人やらその他有象無象があるいは大合唱に和して、自分たちの邪魔をする「放射脳ども」を糾弾する。そういう国を「統合された国家」とよぶのはさすがに無理があろうと思う。

私は、おそらく日本にとって311は震災だけでも十分すぎるインパクトを持っており(もしそれに続く原子炉破壊と核物質拡散がなかったとしても)震災復興を名目とし国債増発を当然の前提とした火事場泥棒・生産性の低いセクターへの資金流入 ((後者はやむを得ないこととはいえ)) は崖っぷちで正体無く酩酊しているかのような日本を突き落とす行為にも似た一撃になるだろうと昨年三月の時点で考えていたが、その後の展開は私の予測を遙かに超えるものであった。あろうことか原子炉が次々に破壊されはては核物質の全国拡散を始めるに至っては、もしも震災が悪魔の計画した日本破壊プランであったとしてもおそらく当の悪魔自身が「なにもそこまでヤケッパチにならなくてもよくはないか」と言い出しかねない有様ではいまさら国民統合だのなんだのと言うも空しいと言う他はない。

かつて1945年に天皇中心の国体という建前上の「守るべきもの」を喪った日本は2011年に再び今度は民主主義というこれまた建前上の「守るべきもの」を喪失した。(( ここで「建前」を強調する理由について述べることは別の機会に譲りたい。)) そして2011年と1945年は同じく転換点と言えどもそのベクトルはまるで正反対であるということは1年半前に書いたとおりである。そしてあのときはまだ明確でなかったが現時点でもはや疑いようのない事実となったのは、日本が「復旧」の機会を喪ってしまったということである。喪ったと言ってしまうとなんとなくそれが避けようのないものだったかの如く聞こえかねないのでもう少し適当な言葉を探せば、日本は自らそれを放棄した、と言えようか。何よりも決定的だったのは統合とは正反対の「国民分断」であって、これは主観的に何度繰り返して述べても述べ足りないと感じられる一方で、客観的にもそれは今後の日本にとって一国内にとどまらない不吉な意味を持つことになるだろうと私は考えている。喪ったものの大きさはもはや計り知れない。残念ながらそれを取り繕うために日本は大きな犠牲を払うことにならざるを得ないだろうと思うが、自業自得と言われたならそれはまったくその通りだろう。

自分でも乱暴なことを言うようで気がひけるが、事此処に及んでは今更いたずらに時間を稼ぐよりも今次震災およびその後の事態への対応に責のあった人々がこの世に居るあいだに結果を受け止めることになる方がむしろ日本の未来にとっては明るい材料になり得るのかもしれぬ。その意味では、明日の朝には突然死していても誰も驚かないような老齢極右煽動政治屋やら口から出任せばかりの三百代言タレント政治屋を旗印に民衆を煽り立てるような様を傍から見ていてももはや何がどうなっても自業自得だろうという言葉が喉元までこみ上げてくるが、ただ、それに巻き添えにされる子供たちや若者にとっては迷惑どころか大変な災難である。自然災害は世代を問わず襲いかかる災難であって大人も子供もないわけだが、人間に起因する災難はひとえに大人の責任である。よって大人にはそれを避ける「義務」が課されていると考えるべきだと思うが、現に自分たちの手で自分たちの社会を破壊しつつあり、自分たちの手で互いの首を締め合っている人たちにとっては「未来への義務」などという形のないものよりも安手のハンマーやら荒縄、政敵を貶めるスキャンダルネタなどの方がよほど望ましいらしく見える。

上は「簒奪者たち」から下は復興資金に群がる「蟻」に至るまでの様子、また義援金流用、復興資金流用という事実が右から左へと流されるがままの今の日本の有り様をみる限り、まるで「この薄汚い自分たちを踏み潰してくれ」と無意識のうちにでも喚いているようにさえ思われて、もし仮に私が日本の敵対者であったならば「弥縫策としての国民分断」という究極の愚策に笑いが止まらないことだろうとふと思うことしばしばである。なにせ守るべき理念も守るべき国民すらも存在しない国家であればそれもまた致し方なかろうと思わぬでもない。もしも主権・領土・国民を諸国の承認を得るために必要な「アイテム」としか見ない国家というものがあるとすれば、そういう国家が主権・領土・国民を「守るべきもの」として臨む国家と伍していくのはいっそ不可能というべきであるが、フクシマ以後の日本の指導者(?)たちはこの国が前者であることを鮮明にし、さらにそれを明らかにしつつある。主観的意図がそうではないのだとしても、もはやいざというときには抗弁不能というところには到達したのかもしれぬ。

宣戦無き戦争で失敗した20世紀、宣言なき棄民で失敗した21世紀などと言ってみたくもなるが、守るべきものを失った国の行く末というものはべつだん遠いところに目を向けるまでもなく、ごく身近なところをひとわたり見渡せばおよそ見当のつくものである。むろんそれは私個人の経験的な「実感」であって、ここで他人に明示できるような論拠は無いといえば無いわけだが、なにはともあれ、上は政治・行政などの統治機構内部から下は一般人同士の連帯や家族親族友人間の関係に至るまで、分断への抵抗力といったものをまるで持たずに誰も彼もが「分断して統治(操作)しているつもりでじつは分断されて統治(操作)されている」という馬鹿馬鹿しい連鎖に絡め取られてしまえばもはや自分自身を守ることすら叶わないものとなるのであり、守るべきものを喪った国は畢竟自分自身をも守り得なくなるだろうと私は考える。

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ふーむ

Posted in 備忘録 by UBSGW on 2011年9月2日

下書き落書きが知らぬ間に「公開」状態になったり「自己検閲」もどきが生じたりアップした記事が反映されなかったりと、しばらく放置しているうちにこのブログあるいはWordpress自体、はたまたSakuraサーバーそのものがいかれてしまったのであろうかどうだろうかそうだろうか。
ま、原子力発電所が黒煙を上げて爆発するような壊れた日本でいまさら何が起こっても驚くほどのことではないな。

一応書いておくが、今日のエントリはいずれも私の「意図した」ものではない。なにせ「3・11」以来もはやここには何を書く気も失せてしまっている。そろそろ再開しようかどうしようかと思っていた矢先であるが、この状態ではちょっと無理のようだ。

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