求道blog

民主党政権の200日(下)

Posted in 政治 by UBSGW on 2010年5月1日

「民主党政権の200日(上)」のつづき)

「期待の星」民主党と官僚の反撃

2009年11月8日
日中「交流協議機構」第3回会議 ((日中(民主党・中国共産党)「交流協議機構」第3回会議)) を東京で開催(11月12日まで)
2009年11月12日
小沢民主党幹事長、来日中の韓国民主党代表と会談
2009年11月13日
オバマ米大統領来日 ((シンガポールで開催されるAPEC首脳会議にあわせた9日間の東アジア歴訪の最初の訪問地として来日した。当初予定では11月12日に来日の予定であったが、米国内の陸軍基地における軍医将校による銃乱射殺傷事件の犠牲者追悼式出席のため13日からの来日となった。その後14日に離日してシンガポール、中国及び韓国を歴訪した。))
2009年11月30日
梁光烈中国国務委員兼国防部長が長崎県佐世保市を訪問、イージス艦ちょうかいを視察

この時期、鳩山首相と小沢幹事長を巡る政治資金疑惑に関してのべつ幕無しの報道が続いていたが、この二人の政治資金疑惑は既に政権発足以前からずっと取沙汰されていたせいか、新たな報道に接しても「ああ、またやってるのか」という程度にしか感じなかった。まだまだ政権交代の高揚感とその余韻が残っていて、物慣れない様子の大臣の様子などが頻繁にテレビ画面に映し出され、良くも悪くも初々しいというか、新入生・新入社員を生暖かく見守るような空気が(「挨拶かねーじゃんか」「こーえがちーさーい!」などと意地悪をする上級生あるいは先輩のような人もまあ居たにせよ)そこはかとなく漂っていたように感じていた。また普天間基地移設問題など日米関係における当面の課題もありはしたものの、いまださほど切羽詰まった状況でもなかったせいで、オバマ米大統領が来日して皇居を訪問した際にあまりにも深くお辞儀をしすぎたのではないかなどという些細なことを米国や日本のマスコミが騒いでいるような「平和な」時期であった。
(2009年11月16日)「お辞儀と国旗と国家」
(2009年11月26日)「(つぶやき)死中に活有り、か?」


2009年12月9日
鳩山首相が「バリ民主主義フォーラム ((第2回バリ民主主義フォーラムは12月10日より2日間の日程で開催されユドヨノ大統領と鳩山総理が共同議長を務めた。参加国についてはASEAN(カンボジア除く)、中国、韓国、インド、ニュージーランド、パキスタン、パプアニューギニア、イラク、サウジアラビア、ヨルダン等36 カ国の閣僚・政府代表など。さらに米国、英国、カナダ、オランダ、イタリア、スイス、スペイン、ポルトガル、ノルウェーを含む13カ国がオブザーバーとして参加(外務省ホームページ「鳩山総理の第2回バリ民主主義フォーラム出席(概要)」より)。また、首相発言の概要については「バリ民主主義フォーラム(BDF)出席」(首相官邸ホームページ)参照)) 出席のためインドネシアに出発。(翌日帰国)
2009年12月10日
民主党議員団が訪中 ((日中(民主党・中国共産党)「交流協議機構・長城計画訪中団」。(団長:山岡賢次国対委員長、名誉団長:小沢一郎幹事長))) 。小沢幹事長が胡錦涛中国国家主席と会談
2009年12月11日
小沢幹事長が梁光烈中国国務委員兼国防部長と北京で会談 ((この会談について朝日新聞は「小沢氏によると、小沢氏は『中国軍の近代化が強大化につながっていると心配する人が周辺国にいる』と指摘。梁氏は『日中の防衛面の交流が進んでいる。中国軍は大きな国境線と国土を守るものだ。理解を求めたい』と答えた。小沢氏はこれに対し『ぜひ専守防衛で今後も国防政策を進めてほしい。中国軍の近代化、強大化により、日本でも中国脅威論の名の下に防衛力強化をする考えが根強いことを、中国軍にはぜひ頭に置いて欲しい』と語った」と報じている(「『中国軍、ぜひ専守防衛で』 小沢幹事長が国防相に要請」asahi.com :2009年11月22日付)。一方産経新聞は「小沢氏は『中国の軍の近代化、強大化により、日本でも中国脅威論という名の下に防衛力強化の意見が根強くある。中国軍部の皆さんにはぜひ頭においてほしい』と述べ、中国の軍拡に懸念を表明した。 梁氏は『中国の軍は大きな国土と国境線を守るためで覇権を求めるものではない。軍事費は他の国と比べそれほど飛躍的な増加ではない』と反論した。 これに対し小沢氏は『専守防衛の原則の下で今後も国防政策を進めていただきたい』と語った。」としている(「小沢氏、中国国防相と会談 『軍拡を懸念』を伝える 弱腰批判を意識?」msn.sankei.com 2009年12月11日付)。))
2009年12月12日
小沢幹事長、李明博韓国大統領と会談 ((同年天9月に皇訪韓をめぐっては李明博大統領が「両国関係の距離感をなくし、終止符を打つ意味がある」と期待感を表明していたことをうけて小沢氏は韓国メディアに対して「韓国の皆さんが受け入れて、歓迎してくださるなら結構なことだ」と語ったとされる。(「日韓併合100年を出発点に 小沢氏、韓国大統領と会談」asahi.com :2009年12月13日付)))
2009年12月13日
小沢幹事長および民主党議員団が各々帰国

小沢一郎幹事長及び一般参加者を含む民主党議員団の訪中にあたっては、まるで大名行列のような600名(一般参加者含む)を超える規模であることや中国政府からの厚遇ぶり ((訪中団に加わった143名の民主党国会議員のほとんどが胡錦涛中国国家主席との「ツーショット」撮影の機会を与えられたことが大きく報道された。)) が目立っていた。この騷ぎと相前後して、近々訪日予定であった中国国家副主席と天皇との会見が小沢幹事長の横紙破りで設定されたと宮内庁長官が「告発」したことからマスコミが騒いだ。天皇の体調等を考慮し急な会見を設定しないという内規に抵触したことは事実であったらしい。宮内庁が「それは問題だ」と強弁することは確かに出来ないことではなかった(実際にやった)わけだが、その後わたしは、愛子内親王の不登校問題 ((「愛子内親王不登校騒動」(ウィキペディア)))に関して思案足らずの公表を行ったことなどからみて、宮内庁の言い分は必ずしも妥当なものではなかったとの結論を得るに至った。
(2009年12月15日)「キム王朝」と「財政改革」と「選挙の神様」


2009年12月16日
民主党がマニフェスト修正につき政府へ要請提出 ((党としての平成22年度予算の重点要望(18項目)という形で政府に提出。「平成22年度国家予算与党三党重点要望(pdf)」(民主党ホームページより) ))
2009年12月24日
東京地検が鳩山首相の元公設秘書を政治資金規正法違反で起訴 ((東京地検特捜部が鳩山由紀夫首相の政治資金管理団体会計事務担当の元公設第1秘書を政治資金規正法違反(虚偽記載)罪で在宅起訴、同じく同会計責任者であった元政策秘書を略式起訴し、同団体代表たる首相を嫌疑不十分で不起訴処分とした。))
2009年12月25日
鳩山首相が普天間基地移設問題に関して来年5月までに移設先を決定すること明言 ((2009年12月25日の総理大臣記者会見の場に於て、既に政府周辺で取沙汰されていた「5月期限」に対する首相自身の考えについて質問した記者に対する返答として「私どもは御案内のとおり、5月までに新しい移設先というものを含めて決定をしてまいりたい。そのための最大限の努力をすることをお約束をいたします。 」と述べた。))
2009年12月28日
菅直人副総理兼国家戦略担当相がテレビ番組収録で対米関係の重要性に言及 ((「政治的には日米同盟が果たしてきた役割は大きかったし、これからもアジア、世界の安定のために最も重要な関係だ」と述べたとされるが筆者は未見(番組名も不明)。これは12月28日付で産経新聞(msn.sankei.com)が報じたものである。))
同日(28日)
鳩山首相が日米同盟維時・普天間問題5月決着を重ねて表明 ((インド訪問中の首相が(ニューデリー市内のホテルに於て)同行記者団に対し「(政府・与党の沖縄基地問題検討委員会での協議について)米国の意向を無視した与党合意はあり得ない」、「日米同盟にとって最も望ましい解決策を何としても見いだしていく」、「日米間でも、5月という目標設定の下で、(政府・与党協議と)同じ時期に最終的な結論を出す」等と述べたと時事通信が報じた。))

政治資金問題・政策面における理想と現実・普天間基地移設問題等々、そろそろ問題解決の困難さに苦しまねばならないことが明らかになりはじめた時期であったが、その一方で、翌月から放送予定のNHK大河ドラマ「龍馬伝」の宣伝効果であったのか、世間のあちらでもこちらでも維新や志士たちをもてはやし、なかには自らを坂本龍馬その他のヒーローに擬す阿呆まで出て来る始末で、まあ確かに直面している大問題をものともしないという点では「大人物」と言ってもよさそうな人たちがちらほら見聞された。
(2010年1月7日)「維新は遠くなりにけり」


小沢一郎と官僚との激闘、そして奇妙な和解(?)

2010年1月15日
小沢一郎民主党幹事長の元私設秘書石川知裕衆議院議員 ((小沢一郎幹事長を巡る政治資金疑惑に関与したとして政治資金規正法違反(虚偽記記載)容疑で東京地検特捜部に逮捕された。石川氏は衆議院議員当選以前に小沢氏の私設秘書として同氏の資金管理団体「陸山会」の会計事務を担当していたとされ、同会が平成16年に購入した土地代金約4億円について政治資金収支報告書に記載しなかったことが政治資金規正法違反に問われた。このとき、ほぼ同時に石川氏の後任の会計事務担当だった小沢氏の元私設秘書も同法違反で逮捕された。首相をも凌ぐ最高実力者と目された小沢幹事長の政治資金疑惑は政権発足のはるか以前からしきりに取沙汰されていたが、この時の逮捕はその後の政権与党の行く末を左右するものとして海外報道機関も速報するなど世間の耳目を集めたものであった。)) を逮捕
2010年1月16日
民主党党大会開催、小沢幹事長は検察との対決を宣言 ((小沢幹事長の演説動画がYouTubeにある(1/2,2/2)。この動画はノーカットと称しているが合計して約10分半足らず、或るテレビニュースのコメンテーター(元東京地検特搜部長)は約40分の演説と言っている。(YouTubeで見る限り)その演説で小沢氏は大意「意図してかどうかは分らないが党大会の日に併せたようにそうした逮捕が行われた。そうしたやりかたは容認できず、そうしたことがまかりとおるならば日本の民主主義は暗澹たるものになってしまうと憂慮している。私は断固としてそうしたやり方に対して闘っていく決意だ。総理とも会談し激励を受けたことであり今後も全力で職責を果たしていくとともに当面こういう権力の行使の仕方について全面的にきちんと対決していきたいと考える。」などと語っている。 ))

既に政権発足前から頻りに取沙汰されてきた小沢氏と検察庁との対決(!)とそれにまつわる報道合戦は、民主党大会前日の逮捕で激しさを増した。
余談ながら「われわれは粛々と職務を遂行しているだけである」という言葉は特搜部検察庁警察捜査機関法務省ひいては官僚お役所唐変木の最も好むところの言葉であり、「検印君」 (( 盲判を押すこと以外に能のないバカの意。 )) の巣窟においては自分たちのやることなすことを悉く正当化する万能膏薬として珍重されるところのものであることは遍く周知の「事実」であろう。
閑話休題
そうした状況のなか、鳩山首相は小沢氏に対して「どうぞたたかってください」と述べたことから、行政府の長としてあるまじき発言であるとして(一部から)批判された。しかし行政府の長の指示に従わない(指示に従うふりをしてサボタージュする)官僚たちが仮に居るとすれば、それを取締まるべき首相 ((政党の党首であると同時に首相である鳩山氏が小沢氏を擁護することを「行政府の長として」非難することが許されるのなら、「政党の党首として」「政党の有力者として」行政府の為すことに容喙することもまた許されるということにならないだろうか。)) にはむしろ「あなたも闘ってくれ」と言って応援するのが有権者の果たすべき役割であろうと私は考えた。その理由は言うまでもなく主権者たる国民には官僚・役人を直接管理する手段は(事実上)与えられていないも同然であり、それ故に政治家が立法によってその役割を果たすことに期待を寄せるからである。他面その負託に応えるべき政治家に清廉さが要求されることは言を竢たない。そもそも行政改革を標榜して誕生した民主党政権の誕生を阻止せんとしまた出鼻を挫かんとするようにも見える検察庁乃至官僚集団の動きは、(私の見るところでは)むしろ小沢氏一個の政治資金疑惑以上に問題視されており ((私の観測とは異なり、様々な報道機関が2009年末から2010年にかけて事あるごとに行った世論調査は、政治資金問題こそが内閣支持率あるいは政党(民主党)支持率低下の要因とするものがほとんどらしい。しかし一般に(政治資金をはじめとする様々な)醜聞が仮に無くとも支持率が低下することもあることからして、支持率と政治資金問題との間には相関関係があるとまでは言えない。私は鳩山内閣・民主党支持率低下の要因が、表面上は政治資金問題のように見えているが実際にはそうではなく、仮に政治資金問題が無かったとしてもおそらくその支持率は(たとえ今ほど深刻ではないとしても)確かに低下しただろうと推測する。))、また行政改革(官僚制度改革)を標榜したことこそ2009年夏の選挙で民主党が大勝した理由の一つである、というのが私の観測であった。言葉を換えて言えば、民主党あるいはその最高実力者であると自他共に認める小沢幹事長が、票集めや官僚掌握の「手段」としてではなく「目標」として行政改革に取り組みひいては財政改革の実現に努力する限り、(少なくとも過去の)政治資金疑惑に関しては”ひとまず”黙過されるということもあり得るのではないかと考えたのであるが、実際には年末年始をはさんで事態は別の方向へと進んでゆく。
(2010年1月17日)「公務員ではなくリーダーとして」


2010年1月23日
東京地検が小沢一郎幹事長から事情聴取(第1回目) ((この第1回目の事情聴取が行われるまで各種報道機関は今日か明日かとばかりに怱卒とした報道を繰り返していたが、事情聴取後は一頻りそれについて報ぜられたのち卒然報道が途絶えた感があった。))
2010年1月28日
民主党 「取り調べの全面可視化を実現する議員連盟」 ((「取り調べの全面可視化を実現する議員連盟」の主な役員名は次の通り。【顧問】前田武志(参議員議員)、【会長】川内博史(衆議員議員)、【副会長】松岡徹(参議員議員)、【幹事長】松野信夫(参議員議員)、【事務局長】辻恵(衆議員議員)、【事務局次長】阿知波吉信(衆議員議員)以上松岡とおる公式ウェブサイトより)) (会長・川内博史衆院国土交通委員長)設立総会開催
同日(28日)
警察庁が「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会」 ((捜査力強化の手法や取り調べのあり方、高度化などを研究する有識者研究会とされる。研究会のメンバーは中井洽国家公安委員長が人選・委嘱した警察OBや元検事、弁護士のほか心理学などの専門家ら12人。今後、約2年かけて各国の捜査手法を研究するほか、取り調べの全面可視化を中心に討議を重ねてその結論を中井委員長に提出するとされる。小沢幹事長の不起訴処分決定の翌日(2月5日)に第一回目の会議が開催された。)) の設置を発表
2010年1月29日
鳩山首相、施政方針演説 ((「第174回国会における鳩山内閣総理大臣施政方針演説 」(平成22年1月29日)。この施政方針演説を2009年の所信表明演説(「第173回国会における鳩山内閣総理大臣所信表明演説」(平成21年10月26日) と比較するとその後退ぶりが読み取れよう。))

1月29日に鳩山首相が行った施政方針演説では決して行政改革や財政再建について語られなかったわけでは無かった。しかしそこには、自らも身を切られる覚悟でそれに取り組む気迫はもはや宿っていないように私には思われた。しかしそれは鳩山首相だけの話ではなさそうだった。施政方針演説に先立つこと6日前に行われた小沢幹事長に対する東京地検の第1回目の事情聴取を起点として、施政方針演説の日までの時期の一連の流れ ((ここでとりあげたのはそのごく一部である。)) を知ることによりその感がいよいよ深まった。そもそも数年おきの選挙というハンデを抱えた政治家が身分の厚く保証された官僚と同じ土俵で戦うならば、勝敗はかつての日米戦争と同様既に戦端を開く前から見えていると言うべきである。官僚制とその弊害は古くて新しい問題であり、また決して最終的解決の得られない問題でもある。ちなみに作家星新一はそのエッセイの中で、日本人が自らその弊を取り除くことが出来ないのならば、日本はいっそのこともう一度無謀な戦争を起こして惨敗したのちに、進駐軍に「民主化」をやってもらうしかなかろうという、ひどくシニカルな「日本改革論と諦念」について書いている。
(2010年1月30日)「星新一の対米開戦論と民主党政権」


2010年1月31日
東京地検が小沢一郎幹事長から事情聴取(第2回目)
2010年2月2日
小沢一郎幹事長がキャンベル米国務次官補と会談 ((国会内で両者が約1時間会談した。ある新聞の報道によればこの会談で両者は日本のハーグ条約未加盟問題、北朝鮮有事の際の対応、普天間基地移設問題等について協議し、また次官補が小沢氏訪米を招請したともされるが、その一方で時事通信は、会談後キャンベル氏自身は普天間問題についての話はなかったとし、また民主党事務局が会談内容を報道陣に説明する予定であったが小沢氏の指示を受け急きょ取りやめたと報じるなど、各種記事を読む限りでは事実関係には曖昧な点もある。しかしながら私はそもそもこの種の会談の内容についてマスコミ報道から正確なところを知り得るなどと思っていない。なお4月末からのゴールデンウイーク中の訪米が一時取沙汰されたが、当初から小沢氏がオバマ大統領との会見に強いこだわりを見せるなどの経過を経て、結局同時期の小沢訪米は実現しなかった。))
2010年2月4日
東京地検が小沢一郎幹事長を不起訴処分 (( 処分決定後、報道陣に「党大会で検察との全面対決を宣言したけれども、幹事長自身はこの戦いに勝利したと思うか?」と問われた小沢氏は、「検察が公平公正な捜査をやった結果」であると答えた。(ANNニュース(YouTube)) ))
2010年2月5日
亀井静香郵政改革担当相が日本郵政非正規社員の原則正社員登用 ((日本郵政の社員のうち正社員は約23.1万人、派遣社員を含む非正規従業員(派遣社員含む)約20.5万人(2月3日付asahi.com) 。なお日本郵政の会社概要には2009年3月末現在で連結ベースでの総従業員数は229,134名とある。2010年5月7日、日本郵政は正社員化の計画概要を公表し、それにあわせて翌年度の新卒者採用の抑制(前年度比12%減)も発表した。 )) に言及
2010年3月17日
法務省副大臣が取り調べ可視化法案の早期提出見送りを民主党に伝達 ((時事通信は、法務省及び警察庁は2010年夏の参院選後に可視化導入に向けた調査などに入る予定で、それらの作業に1年以上かかる見通しであり法案提出は早くても2011年後半となるだろうとし、さらに加藤公一法務副大臣は同日の政策会議で、1)海外での実施状況の調査や政府内の検討作業は最短でも11年6月までかかること2)機材整備などに数百億円規模の財源が必要となるなどの理由を挙げて今国会提出は困難と説明したと報じている(「可視化法案、今国会見送り=提出は来年以降−法務省」2010年3月17日付jiji.com)。))

・・・・・・。ああ、左様で。


エピローグ〜激闘ふたたび

2010年4月26日
鳩山首相の政治資金問題に関して東京地検特捜部が不起訴としたことについて、検察審査会が「不起訴は相当」と議決(4月21日付)したことが報じられる
2010年4月27日
小沢幹事長の政治資金問題に関して東京地検特捜部が不起訴としたことについて、検察審査会が「起訴が相当」と議決
2010年4月28日
民主党国会議員よりなる 「司法のあり方を検証・提言する議員連盟」 ((「司法のあり方を検証・提言する議員連盟」役員は次の通り。【顧問】土肥隆一、【会長】滝実、【副会長】古賀一成、【同】牧野聖修、【同】佐藤公次、【幹事】浜本宏、【同】永江孝子、【事務局長】辻惠、【事務局次長】山尾志桜里 以上つじ恵公式サイトより。なお辻氏のサイトに同連盟の設立総会案内(2010/04/22付)、設立趣意書(日付不明)のpdfファイルがある。)) (会長・滝実衆院法務委員長)が発足

最後に

これを書いている今、普天間基地移設問題が5月末の決着期限を目前に控えて差迫った課題となっている。既に昨年の12月以降この移設問題に関する報道が途切れることなくなされているにもかかわらずこの2回に分けて分載した「民主党政権の200日」ではほんの僅かしか取り上げていないことに不審の念を抱かれた方もおられるやも知れぬ。じつは私自身、このエントリを書きながらその理由がよく分からないままであった。そこで最後にそのことについてつらつら考えてみたところ、どうやらその理由の一つは普天間基地移設問題に関するこれまでの政府の動きというのは、明日になれば覆っているかもしれない「暫定的な方針・態度・決定」がほとんどであるせいで、このちっぽけなクロニクルにすら記すに値しないと私には思われた。仮にそれ等を記そうとするならば半日おきに項目を立てていかねばならなくなる。そしてそのようなことに今の私はあまり興味がない。結局この問題に関してはここでごく僅かしか触れなかった。重ねて言えば、普天間問題を避けたのではなくただここに記すのが適当であると思える事項が無かった、単にそういう理由である。たぶん普天間基地移設問題については新たなエントリを立てて後日書くと思う。

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民主党政権の200日(上)

Posted in 政治 by UBSGW on 2010年5月1日

政治政局のことなんぞ到底ひとつひとつ追いかけている暇も余裕もないにしろ、気になることもいくつかある。そこで備忘を兼ねて過去のエントリに触れながら昨年夏(2009年)の総選挙以後の話題を並べつつひとしきり書いてみようともくろんだが、予想外に長文 ((このブログにしては長め、という程度にすぎない。(と、フットノートをテストしてみる。この文末の矢印クリックで本文に戻ります) )) になったので2回に分けて書いてみることにする。
民主党政権の200日(下)

民主党政権誕生前夜

2009年4月3日
民主党・社民党が参議院に取り調べ可視化法案を再提出
2009年4月25日
参議院本会議で取り調べ可視化法案可決 ((その後、自民公明多数の衆議院で廃案))

思い返せば8月末の総選挙の数ヶ月前には既に各種マスコミも自民党の敗北を予想しており、私もそれについてはおおよその見当は付いていた(たぶん多くの人が既にそう感じていたはずだ)。しかし一方でこの頃から、民主党が(自民党の支持母体でもある)各種利権団体にあのてこのてで接近しているとの報道に接し、なんとなく民主党政権の誕生も結局は「新たな自民党政権与党」の誕生に過ぎなくなるのではないかとも思い始めていた。
(2009年8月9日)「ながいつぶやき」

2009年8月11日
民主党が衆院選の政権公約(マニフェスト)の修正を発表 ((主な修正部分は、特定扶養控除・老人扶養控除などの存続、配偶者控除廃止後の年金受給者の税負担軽減、国と地方の協議の場を法律に基づいて設置、「経済の成長戦略」として子ども手当などで消費拡大を目指す、農林水産業・医療・介護分野で雇用を創出、「米国との間で自由貿易協定(FTA)を締結」との表現を「FTAの交渉を促進」と変更、「食の安全・安定供給、食料自給率の向上、国内農業・農村の振興などを損なうことは行わない」と追加する、などであった。))
2009年8月14日
民主党、社会民主党、国民新党の3党の共通政策を発表 ((「衆議院選挙に当たっての共通政策」(pdf)))

上記「共通政策」に見られるとおり、民主党は社会民主党および国民新党との連合を視野に入れて、社会保障・労働規制の充実・強化、郵政民営化の拔本的見直し、地方活性化等々、有権者にとって「おいしい話」をつぎつぎとぶち上げつつあった。実際のところ、それのいずれもが「将来的な展望の開けない(アテのない)退却」であることは明白であったにもかかわらず、結局、選挙で勝たねば何も始らない、ということですべてが正当化されていたかのようであった。ちょうどその頃私は、アリストテレスが言ったらしい「全精力を選挙での得票に注ぎ込むようなあらゆる権力体制は厳密に言えば民主制とは言い難い」という一節を読みつつ、それに対して小沢一郎ならなんと答えるだろうかと思ったこともあった。
(2009年8月26日)「気がついたら英国病」


自民党の敗北と民主・社民・国民新党三党連立政権の発足

2009年8月30日
第45回衆議院議員選挙 ((同選挙の結果については時事ドットコムの特集サイト参照。定數480議席のうち、自民党・公明党の獲得議席合計140議席(内訳:自民119、公明21議席)。民主党・社会民主党・国民新党の獲得議席合計318議席(内訳:民主308、社民7、国民新党3議席)。))で民主党その他の野党連合が勝利

選挙戦はいつのまにやら終わった。朝刊の、時々「政府広報」が掲載されるスペースに、これまたまるで政府広報のようなデザインの選挙広告(主に自民党のもの)は、自民党の魅力よりもむしろその焦りと無力感が漂っており、自ら(意図しない)ネガティヴ広告をうつ自民党はなんとも哀れを誘うものであった。広告のいくつかをメモしたエントリは下記。そして自民党は敗北した。
(2009年8月31日)(メモ)2009年総選挙備忘録

2009年9月9日
民主党・社民党・国民新党が連立合意 ((「三党連立政権合意書」(pdf)))

総選挙に際して民主党が社民・国民新党との共闘体制をとったことは選挙戦略のひとつとしてなんら不思議はなかったものの、ただでさえ寄り合い所帯的な民主党に加えて、柔軟性の欠けた社民党 ((私は、福島党首の「学級委員長」のような語り口が社民党全体の観念的な体質を如実に示していると常々感じている。(土井前党首はさしずめ「校長先生」か。))) 、そして郵政民営化絶待阻止を党の存立基盤とする(これまた政策的柔軟性の欠けた)国民新党との連立は、(国会運営の円滑さと引き替えに)新政権の目的地・目指すところの不明瞭さを一段と増すことになる。結局、連立政権は誕生した。そして「国民目線」「生活者重視」というスローガンは、「構造改革」に変わる新たなスローガンとしてその地位を確たるものにした ((2008年のサブプライム不況以後、自民党政権とくに麻生政権においても「生活者」という言葉がしばしば使われたと私は記憶しているが記憶違いのような気もする。あとで調べる。))。
(2009年9月17日)「痴呆地方の大合唱」


2009年9月21日
鳩山首相が国連総会・金融サミットに向けて訪米
2009年10月9日
鳩山首相が韓国・中国訪問に出発
2009年10月21日
亀井静香郵政改革・金融相が日本郵政社長西川善文氏を事実上更迭、後任に元大蔵事務次官の斎藤次郎氏起用を発表。

政権発足直後ということで報道も新政権に好意的なものが大半を占めており如何にも静かな時期であったが、既に政権発足以前から鳩山・小沢の政治資金問題がくすぶってはいた。また日本郵政について、前社長を石もて追うが如く更迭してなんのかんのと陳弁しつつ元官僚を新社長に起用した。まあその程度で済めばよいが・・・と思わずにいられなかった人は少なくなかったのではなかろうか。この頃、亀井大臣という元警察官僚の存在感は鳩山首相小沢幹事長を凌がんばかりに圧倒的なものであった(そう私には見えていた)。
この時期、私は政治に関連するエントリをほとんど書いていない(無いものは無い)。

(つづく)

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「売国奴」と対話について

Posted in 政治 by UBSGW on 2010年4月10日

1945年の敗戦ののち、ふたたび「売国」とか「売国奴」などという言葉が公然と口にされるようになったのはいったい何時ごろであったろうか。幸か不幸かまだそれほど昔のことではないと私は感じているが、とりわけ昨年(2009年)9月の民主党政権誕生(つまり自民党の下野)以来、こうした言葉が何の躊躇いもなく口にされるようになってきているように思うがみなさんはどう思われるだろうか。わずか三年ほどの間に世論調査という人気投票の如きあやふやな民意を背景に安倍・福田・麻生政権と続いた自民党政権末期には、既に「国益」という言葉が主立った政治家・官僚によって(私の見聞した限りでは)かなり無雜作に用いられるようになっていた。いっぽうで、政権が民主党に移ったのち、一部で「革命」だの「革新」だのという、見方によっては物騷な言葉がなんの躊躇もなく口にされることもまた、私には何とはなしに苦々しく感じられるのは事実ではあるが、その青臭さに辟易することはあってもまだ「売国」などという言葉のもつ狂信的な臭いの耐え難さに比べればはるかにマシではある。

はなしを分かり易くする為に、ひとつの例として次の新聞記事を引用してみる。記事のタイトルは「売国的な法案許さぬ…平沼新党旗揚げ会見」だそうである。

反民主党を旗印に掲げる新党「たちあがれ日本」の結党記者会見が10日午後、東京都内のホテルで開かれた。
代表に就いた平沼赳夫・元経済産業相は「今行われている民主党政権による政治は、この国をダメにしてしまうのではないか」と語り、反民主の姿勢を鮮明にした。
民主党の政策について「売国的な法案が羅列されていて、それをいま表面に出してきている。断じて、我が日本のために、野放図に許してはならない」と厳しく批判した。
(以下略)

「売国的な法案許さぬ…平沼新党旗揚げ会見」YOMIURI ONLINE(2010年4月10日)
なお、この平沼某氏が「売国的な法案」として批判しているのはおそらく外国人地方参政権法案のたぐいであろうと思われるが、このエントリで主題としたいのはあくまでも語法そのもの、すなわち自らが賛成しかねる意見・言説に対する批判の語法そのものであることを念のためお断りした上ではなしを進めてみたい。

大辞林によればそもそも「売国」とは「自国に不利で敵国の利益になることをして私利を図ること」をいうのだそうだが、「売国」という言葉の意味を確認してみた時点で最早この平沼某氏はほんとうにその言葉の意味を理解しつつ公の場でそれを口の端に載せたのかどうか怪しいものだと思わざるを得ない。売国が敵国の利益を図ることなのであれば、はたして現時点で公の場で日本にとっての敵国と呼ぶべき国はどこの国のことなのであろうか。現在のところ、日本にとっての敵国と呼称され得る可能性のある国と言えば(大胆に見積ったとしても)北朝鮮くらいしか思いつかないが、当の国にしたところで未だ、公人が、公の場で、「敵国である」と公言することが妥当であると衆目一致しているとまでは言えないように私には思われるが、どうだろうか。さらに言えば、そもそも「敵国」とは大辞林によると「戦争をしている相手の国」であるそうである。そうであるならば、現に日本が戦争を遂行している相手国が存在しない以上は(少なくとも論理的には)「売国」という行為は存在し得ないということになる。なおここでは、何故平沼某氏がそこで論理的にはあり得ないはずの「売国」という言葉を用いたのか、その真意を文面からあれこれ推量することはしない。しかしひとつ明確に言えることは、あれこれ考えるまでもなく「売国」という言葉が一種の詈り言葉であるということである。「非国民」「アカ」「チャンコロ」などという言葉と同程度に汚い言葉であって、自分を持ち上げ他を貶める夜郎自大な言葉である。私は、平沼某氏はまず政策云々以前にデモクラシーとは何かを考えてみた方が良い、と思っている。

さて、ここまでの文章をいったい何人の方に読み通していただけたであろうか。そしてもし読み通してくださった方がいたとして、ここで私の言わんとするところを理解していただけたであろうか。なかには「売国という言葉の字義を以て平沼某氏の発言を曲解しているだけではないか」あるいは「こいつは北朝鮮シンパか?」と感じられた方がおられるかもしれない。その場合、私がこの文章を書いた目的の半分は果たされたと言っても良い。なぜならば、たしかにここで私が述べたことは、ただその曖昧さあるいは趣旨の読み取りにくさという点では平沼某氏の言葉とさして変わらないのかもしれない。しかしながら少なくとも私は平沼氏をキチガイであるとか国会議員として不適であるとは言っていないし、彼が極右であるとも断定していない。私がそうした断定を避ける理由は、「キチガイ」「極右」という言葉(こうした言葉は、平沼某氏が用いた「売国」という言葉と同様に汚い言葉である)にはそれ自体に否定的な意味、より広く言えば或る種の「価値判断」を含んでおり、そのような「否定的な言葉」が用いられる対話、「(個人的な)価値判断」を不動の前提としてなされる対話から得られるものは通常ごく僅か乃至皆無であるというのが通例であるからだ。

たとえば、もし私がここでいささか意味不明なことを述べ立てたのだとして、誰かに「あなたの言うことはつまり○○なのか?」と問われたならば私は「そう、その通り」「いや、そうではありません」と答えた上で改めて相手に私の真意を伝えることができる(少なくとも伝えようとすることは可能である)。しかしもし「○○としか読みようがないぞ!」「○○という意味ならもっとちゃんと(初めからそうと分るように)書け!バカめ」とでも言われれば、私には「いやあ、違うもんは違うし・・・」「いや、もう書いちゃったし・・・」とでも言うほかはなく、そういう人とまともに対話をすることはたぶん不可能である(もちろんわかりにくい文章読みにくい文章はそもそも親切さに欠けるとはたしかに言える)。

「売国的」という言葉はまっとうな対話に適した言葉では全くない。それは対等な議論によって結論を導くというデモクラシー(民主政治)とは相容れない言葉である。そしてそうした言葉が、まがりなりにも民主的な国家であるとされている日本で公然と口にされるということが、私の眼には日本の民主制が壊れつつある(あるいは既に壊れてしまっている)ことの徴(しるし)だと映るのである。

私の言わんとするところは、なにも辞書に書かれたとおりの「正しい」言葉を使いましょうなどということでは無い。「開かれた言葉」「開かれた対話ができるような言葉遣い」というものがあるのではないかということ、そして平沼某氏のくだんの言葉はその種の「対話に適した」言葉ではないのではないかということを言いたかったのである。「開かれた言葉」「開かれた対話」を志す限りは、仮に平沼某氏が辞書にはない意味で「売国」という言葉を用いたのだとしても、その意味するところは対話によって自ずと明確なものになるだろう。しかしその「売国」という言葉そのものが既に「閉じられて」おり、対話には用いることの出来ない言葉であるのではないかということ、そしてそうした言葉を用いる平沼某氏は、ひょっとすると誰かに何かを訴えているようでいて、その実は「対話」を拒絶する反民主主義者だと自ら称しているのではないかということなのである。

「開かれた言葉」によってなされる「開かれた対話」こそがデモクラシーの礎であり、何が正しいのかを議論によって決しましょうと言うのがデモクラシーであるとすれば、議論の初めから一方が自らの正しさを前提としその撤回を断固拒否することはそれ自体が既にデモクラシーに反するのではないか。相手を売国奴と罵ることは相手を「敵」であると措定し、そこから当然に相手との妥協を断固拒否することと表裏一体であって、軍人ならぬ政治家の振舞いではもはやない。それとも平沼某氏は「売国奴」に対してすら妥協してしまうような「政治家」なのであろうか。

(2010年4月11日一部改稿)
(2011年9月4日字句修正)