求道blog

「キム王朝」と「財政改革」と「選挙の神様」

Posted in 政治, 歴史カテゴリ by UBSGW on 2009年12月15日

この週末、録画していたドキュメンタリーを何本か見、一冊の本を読んだ。一度見た(読んだ)ものもあったし今回ようやく見たものもある。ひとつは北朝鮮の独裁体制成立にまつわるNHKのドキュメンタリー、ひとつは戰前の国会で”粛軍演説”を行った斉藤隆夫のドキュメンタリー、そして行財政改革に取り組み暗殺された浜口雄幸と井上準之助を取り上げた城山三郎『男子の本懐』。

北朝鮮の独裁体制成立の過程をたどったNHKスペシャルのシリーズ「ドキュメント北朝鮮」は2006年に放映されたドキュメンタリーということなので、丁度北朝鮮による日本人拉致がにわかにクローズアップされた時期に制作・放映されたわけだ。なかなか面白かった。一番印象的だったのは、金日成が(特に権力を確立するよりも前の時期に)彼の後盾であった各国の有力者に接するときのと立ち居振る舞いと金日成に対する金正日の振る舞いとがとても良く似ていたことだった。自信の無さ気な、相手に媚びるような視線・表情・態度がほんとうに瓜二つと言ってよいほどよく似ている。そして彼等二人がそれぞれ権力を確立した後の傲然とした態度がこれまた思わず笑ってしまうくらいに良く似ている。権力を握るまでの過程で見せる弱気とその後の豹変ぶりは、彼らが権力にのみ自己のアイデンティティを見いだしていることを容易に想像させる。その点で言うと、つい先頃までアメリカ合州国大統領として世界で最も強大な権限を握っていたともいえるブッシュ(息子)の、いかに一生懸命いかめしく見せようとしてもその能天気さが隠しようもなく滲み出ていた顔つきがとても可愛らしくすら思えた。

斉藤隆夫のほうもNHKだが、こちらは「そのとき歴史が動いた」というドキュメンタリーとしては出来の良くない番組(そもそもドキュメンタリーではないのかもしれぬ)なので、見た後に演説の詳細をネットで幾らか調べた。帝国議会の議事録がネットで閲覽できるようになっているものの画像ファイルのためテキストが簡単には抽出できないなのでここに引用しづらい。そこでネットで探索してみた所たいへん有り難いことに斉藤隆夫関係の情報をまとておられるサイトがあった。ちなみにwikipediaとは比較にならない程充実したサイトなのにgoogleではちょっとばかり見つけにくかった。

以下、同サイトより昭和11年5月衆議院における斉藤隆夫の「粛軍演説」前半部分を引用してみる。

敢然して国政改革の断行を誓わるるに当りましては、天下何人と雖も之を歓迎しない者はないのであります。併ながら翻って考えて見ますると云うと、国政の改革、国策の樹立、之を唱えることは極めて易いのでありまするが、之を行うことは中々困難であります。固より是等の題目は今日初めて現われたのではない、又現内閣の新発明でも何でもない、従来政府之を唱え、政党之を唱え又有ゆる政治家が之を唱えて国民に向っては何かの期待を抱かせて居たのでありまするけれども、之を具体化して以て其の実行に着手したる者は殆ど見出すことが出来ないのである。
——— (中略) ———
吾々は随分長い間行政刷新、即ち行政機構の改革と云うことを聞かされて居る、例えば省の廃合であるとか、或は無任所大臣を新設する、其他中央地方の行政組織を根本的に改革して、之に依って行政を簡易化する、行政を刷新する、行政費を節約する、繁文褥礼の積弊を芟除する、斯う云う議論は随分長い間聞かされて居る、政府も之を唱えるし、政党も亦之を唱えるけれども、今日までそれが実行せられた例はないのであります。
——— (中略) ———
或は又近頃各地に於て人権蹂躙の問題が起って居りますが、其事実を聞きますと、実に驚くべきものがある、所謂粛正選挙、選挙取締を励行することは極めて宜い事でありますが故らに……
(「内務大臣どうした」「大臣の出席を求めます」と呼ぶ者あり)
犯罪を製造するが為に法規を濫用して、濫りに人民の自由を拘束する、人民の自由を拘束するばかりではない、強いて虚偽の自白を求むるが為に之を虐待し、之を拷問し、或は人身に傷を負わせ甚しきに至っては拷問の結果、良民を死に至らしめたものがある
(拍手)
何たる野蛮の行為でありましょう

http://blechmusik.xrea.jp/d/saito/s13/
斉藤隆夫の演説記録を読みながら頭に浮かんだ言葉は「十年一日」。そして、齋藤の演説のほんの数年前に「構造改革」に取り組んだが故に暗殺された二人の政治家を取り上げた『男子の本懐』の読後感もまったく同様である。行政改革・財政健全化・国家の成長戦略といった争点は80年前のあの頃も今もまるで変化がない。「選挙の神様」までがよく似ている、安達謙蔵という人物の来歴を眺めていてふとそう思った。
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(2009/12/23追記)
国会速記録をもとに齋藤の粛軍演説全文をテキスト化してみた。:「斉藤隆夫「粛軍演説」全文(旧仮名旧字体)」

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ゴードン『日本の200年』

Posted in 歴史カテゴリ by UBSGW on 2007年4月26日

ふと図書館でみかけて手にとってみた。簡にして要を得た日本近現代通史。

いささかの喰い足りなさはなきにしもあらずだけれど、「あった」「なかった」「広義では」などという不毛かつ浅薄な”歴史認識”ばかりを耳にすることの多い昨今においては一服の清涼剤とも思えた。学校で習い覚えた歴史だけでは「それがどうしたのだ?」「だから何なのだ?」と思ってしまうようなちょっと気の利いた(生意気な)中高生あたりにもお奨めできる一冊かもしれない(学習者向けの特設ウェブサイトが設けてあるそうなのだが、上巻がもう手許にないのでURL不明。まだあるのかも分からぬ)。外国人の目から眺めた日本史像は否が応でも日本人の痛いところを突いてくる。

あっちへ盲信、こっちへ突撃。そんなことばかりを繰り返してきた日本人がいま身につけるべきは、ときに立ち止まり顧み熟考する習慣なのだ。猿真似帝国主義、猿真似民主主義。そんなものにはもううんざり。目覚めよ、日本人!(笑) 気鋭の歴史学者はまさか阿呆な一読者が自著からそのような刺激を与えられることになるとは思いもしてないだろうが。淡々とした叙述。それが今は心地よい。

原著の刊行は2002年。日本語訳の先立って韓国でも出版された由。”インペリアル・デモクラシー”という概念に興味を覚える。少し調べてみることにする。

あいまあいまに多田富雄と鶴見和子の往復書簡集『邂逅』を読む。フムフムそうだそうだと読みつつも、彼らの言葉というのか言葉遣いにと言うべきか、そのどこかに自分との微妙な違和感というのか趣味の違いらしきものを感知するも今のところなんだかよくわからず。まあのんびり構えておくとする。

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原題 : A MODERN HISTORY OF JAPAN :From Tokugawa Times to the Present  (Oxford University Press,New York,2003)

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田村哲と教育論

Posted in 教育, 歴史カテゴリ by UBSGW on 2007年2月12日

先日のエントリで、古森義久の『嵐に書く』に描かれた河上清について私の思うところを書いたところ、以前何度かコメントを頂戴したことのある Dr.Waterman(勝手ながらドクトルと呼ばせていただいているが)より一つのご教示を頂きました。

私が以前書いたエントリでは触れなかったのですが、『嵐に書く』の中には河上清の友人田村哲についての記述があります。同書によれば田村哲は河上とは青山学院の同窓で、河上より早い時期に渡米、アイオワ大学で地球物理学を学んで将来を嘱望されその後アメリカで気象庁に勤めたのち日本に帰国、海軍大学などで教鞭をとった人物で、河上の渡米実現はこの田村哲との縁や後藤新平からの援助に与っていたとされています。

河上と後藤新平の縁を知った私はそのとき、後藤との縁が深かったもう一人の名前を思いうかべたことでした。そのもう一人の人物とは、みなさんご存じあの「気まぐれロボット」の作者星新一のそのまた父親である星一(ホシ ハジメ)。アメリカで苦学して帰国、星製薬を創業して戦前までは「クスリのホシ」として名高い一大企業を築いた人物(彼については星新一『明治・父・アメリカ』『人民は弱し 官吏は強し』に詳しい)

だいぶ以前に私も読んだことのある『明治・父・アメリカ』のなかに、星一(以下、星)がアメリカで “Japan and America” という雑誌を発行したと記されていたことを微かに記憶にとどめていたのですが、今回、その”Japan and America” に田村哲の教育論が掲載されたことがある旨 Waterman博士からご教示いただいきました。星~後藤~河上~田村らの人的ネットワークというのか人の縁というのか、なんだかそんなものを感じることしきりでした。

官吏であった後藤、田村。他方、在野にあって独立独歩の星、河上。それぞれ立場は異なれど、彼らはみなある種の共通点をもっているように私には思われます。それは「じぶんのつるべで思想の水をくむ」人であったこと。この「じぶんのつるべで・・・」というのは後藤の孫鶴見俊輔の言葉です(もっともこの「つるべ」の喩えはもともと哲学者アランからきているとのことですが)。星、後藤、河上、田村、鶴見。私には、彼らにそうした共通項があるように思われてなりません。そして今、現代に生きるわれわれ日本人に欠けているものを見つけたような気がしています。

1903年、すなわち日露戦争開戦直前にJapan and Americaに掲載された田村の論文 ”A Plea for Academic Freedom in Japan”に次のような一文があるそうです。

今こそ学問の自由を重んぜよ。そうすれば、それが、我らが未来の偉大な国民を涵養することになる。この真理の重大なることを十全に理解するためには、我ら学界に在るものが、今日、官吏による干渉と財界による横柄とに辛苦していることを認識するにしくはなかろう。

今からおよそ百年前に書かれた田村の論文は、日本とアメリカの高等教育について論じられているそうですが(私自身は未見)、すでにそれから一世紀を経た今日、日本の教育は”進歩”したのだろうか。

「歴史と伝統を重んじる態度を養う」のは結構なことだと私でも思う。しかし、重んじられるべき歴史と伝統とやらの具体像はいったいどこにあるのだろうか。もし、さきの田村の言が当時の日本の教育事情、学会事情を踏まえたものであるとするならば、まさに今の日本は「歴史と伝統に忠実」であろうとしているようだ。

産業界の強い要請を大義名分とした実学志向の高等教育。必要な研究費は自前でなんとかしろといわんばかりの独立採算制。その根底にあるのは経済的合理性こそがすべてにさきだつという「思想」だろうと私は思っている(学術文芸を支えるだけの財源がないという側面もあろうが)。そしてそれらを、官吏による干渉・財界の横柄ととらえてもそれほど不当ではなかろう。

文科省や財界の言うところにも一片の理はあろう。たしかに先立つものがなくては研究も教育も不可能だろう。自分で辞書すらひいたことのない受け身一辺倒の学生が大量生産されては産業界も困るだろう。私自身もそれを認めるにやぶさかではない。

しかし文部官僚や産業界の居丈高な物言いを見聞する限り、どうも彼らは学術研究や教育の価値をきわめて過小に評価した上でその非効率性を罵倒しているように思える。対価の得られない研究などやめちまえ、教育制度という”生産ライン”を構築しさえすればそれに応じた人間が完成する(出来た製品がつまらないなら生産ラインを再構築・変更すればよい)のだ、と。

むろん非効率なありかたは改善されるべきだろう。正論である。しかし、はたして”短期的な効率性”の追求がそのじつ”長期的な非効率性”をもたらさないと言い切れるだろうか。単位投資額あたりの収益、単位時間当たりの成績を重視するのはけっこうだけれど、その「単位」(の選択)はあくまでも任意のものにすぎないことを忘れていやしないか。短く設定するのも可、長く設定するのも可。物差しの長さ(短さ)にはとりたてて意味はない。ミクロンメーターを使って自分の身長を測定しようとする愚か者にはなるべきでなかろう。あの、数々の画期的な発明をなしたエジソンはどれほどの時間と費用をドブに捨てただろうか。人生のある時期、ある期間にに人並みの成果すらあげ得なかった(=小学校での成績不振)エジソンはまさに”無駄な人間”だったのではないだろうか。

日本とアメリカの高等教育の違いを身をもって経験したであろう田村哲。日米どちらの高等教育が優れているのか、それは私などには分かるはずもない。しかしすべての教育を日本で授かった私にも一つだけわかることがある。それは日本の教育は「じぶんのつるべで水を汲む」「エサの取り方を学ぶ」かたちのものではないということだ。言うまでもないことだが、誰れに教えられずとも自然な形で「じぶんのつるべ」を実践している人もいるだろうとは私も思う。あちこちのブログをのぞくだけでもそれは実感できる(すべてのブログがそうだとは言わないけれど)。思った以上にたくさんの人びとが、自分自身の井戸から自分のつるべでくみ出した思想の水を、惜しげもなくわれわれに差し出しておられる。面識があるわけでもなく、対価を支払ったわけでもないにもかかわらず、だ。

しかしながらまた一方で、どう贔屓目にみての空疎にしか見えないことばが世に溢れているのもまた事実であろう。「歴史と伝統の重視」という言葉はそれだけではいかにも空疎だ。スローガンはスローガンでしかない。それで腹は満たされない。

かつて「ゆとり教育」なるスローガンがあった。そして今、ゆとり教育は教育の荒廃をもたらした主犯として貶められている。もっとも、私には「ゆとり教育」と「規律重視の教育」のどちらが正しいのかわかりはしない。わかるのはどちらも正しくどちらも間違いだろうということだけだ。

ゆとり教育をやれと言われればそっちへ靡き、いやそれは誤りだといわれれば反対方向へ靡く。いつまでそんな「効率の悪い」ことを続けるつもりなのか。もうそろそろその「あれかこれか」「正解はどっち?」「正解がたった一つだけ存在する」というところから卒業してもいいのではないだろうか。だれにも批判されないですむような「正解」を探し続ける子供じみた大人がいったいなにを子供に教えようとするのか、なにを子供に教えうるのか私には解らない。

「じぶんのつるべで水を汲む人間を育てる」という大目標(そのような人間を果たして「育て」られるものかどうかという疑問もあるが・・・)を見据えた上で、敢えて周囲から批判を浴びることを覚悟しつつ「じぶんのつるべで教育方法を探し出」そうとする、そういう大人が今の日本にいないわけではないだろうとわたしは思っている。ただ、そういう人が活躍できるフィールドが今の日本には少ないのだろう。

昨今の”凛とした”政治家の方々に私は「自分のつるべ」で水を汲む姿勢を見ないでもない(錯覚かもしれないが)。ただ、政治家であれ誰であれ、「あなたの汲みだした『水』を飲むか否かは相手次第だよ」ということを忘れないでいて欲しいと思う。且つ、私自身、自らにその水を飲むか否かの選択権があるのだということを忘れないでいたいと思う。

上記田村の論文には次のように記されている。

統制された教育からは、独創的な研究も真の愛国心を持った国民も育たない

なんだか当初書こうとした内容から逸れたのが不本意だけれどひとまずこれにて。末筆ながら、田村の論文についてご教示下さったDr.Watermanのご厚意に感謝申し上げます。

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