求道blog

(メモ)糠に釘、豚に真珠、イヌに小判

Posted in 海外文学一般 by UBSGW on 2010年11月27日

私たちは悪党どもを罰しないばかりか、あの連中を咎めだてさえしないことによって、単にあの連中のささやかな老後を守ってやっているだけではない。私たちはそのことによって新しい世代から正義に対するあらゆる基盤を奪っているのである。

ソルジェニーツィン『収容所群島』

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イタズラ音楽を聴きながら

Posted in 雑記 by UBSGW on 2010年3月13日

ええと、あれです、今日もこれだけ。
ちょっとだけのぞいてみるつもりで開いてみたら次から次へ。

曲は各々ほんのサワリだけですが、コーヒーブレイクにはちょうどいいですよたぶん。Straussの Till Eulenspiegel がオススメ。

しかし、あれだね、たかだか1週間ばかりの不登校が新聞各紙、地方紙から全国紙から果ては海外紙でまで報道されてしまうなんていうのは、(当人はまだ読めないだろうけど)一人の少女にとって決して軽いことではないような気がする。「小学生でこれだとこの先いったいどうなってゆくの?」ってね。
おっと、クドクド書けば書くほど矛盾が生じることになるので、やめ。

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久しぶりのコメント

Posted in 教育 by UBSGW on 2009年2月9日

といってもこのブログへのコメントの事じゃあない。昨晩、「大学運営がビジネスライクになった本当の理由」という記事(正確にはそれに対するコメント群)を読んでいてフトコメントを投じたくなった。例の如く、いざ書き出すとコメントとしては図抜けて「長文」になるので、極端なくらい省略してコメントしてみた。いずれもう少しそのコメントを敷衍して書いてみたいと思ったが今日はやめておく。ただ、一言で言うなら、金払ったぶん、ちゃんとした(就職できるような、金が稼げるような、はたまた払ってやった学費分の)教育をしなさいよ!」というのはちょっと(大いに)違うのではないかな・・・、ということ。教えは請う(乞う)ものであって”要求”するものではないと私は考えている。学費なんざ所詮は薄謝に過ぎぬ。もしも、対価に見合うものを要求する「商い・取引」と「教育」とを同列に扱うのなら、学費はもっと高くて然るべきとさえいえるのではなかろうか。だいたい、頭(ず)の高い生徒の鼻っ柱が先生によってへし折られるところから教育は始まるのだともいえなくはない。

とはいえ当今、生徒にからかわれて激高したあげく感情的な体罰を生徒へ加える教師もいるがために、味噌糞いっしょくたにされ「強い」指導は目の敵にされ生徒の頭はますます高くなる・・・。やれやれ(一言じゃ終わらなかったか)。

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