求道blog

「日本の不思議な役人」と情報流出

Posted in 行政 by UBSGW on 2010年11月12日

警察庁・警視庁・海上保安庁を舞台とした機密漏洩・ビデオ流出事件について、マスコミでもネット上でも冬の日本海の荒波のごとき記事の大波が立て続けに生じている。「機密」「秘密」にはあたらないから逮捕できない云々言われているようで、役人の「サボタージュ」はもはや手の施しようがないところまできているように見える。いっそ国会とか内閣とか無くしてしまってももはや二ホンの国家運営には何の支障もないないのではなかろうか ((もちろんこれは皮肉だが、わざわざ「皮肉です」と断りを入れておきたくなるのだから、気の利いた皮肉ではないな )) 。 しかし実のところは、自分の住処をぶちこわしつつ快哉を叫ぶフシギな人たちでしかないと思う ((週明けの2010年11月15日、海上保安庁ビデオ流出事件に関して同日検察・警察は出頭した海上保安官の逮捕を見送り任意捜査とすることを決定した旨報道された。)) 。
なお、最近生じた一連の出来事については報道がいまだ現在進行中であるので、ナマケモノ の私 ((というか私はただの歴史好きであって事実が不明確な現在進行形の出来事(報道)にはあまり興味がないんだな、と自己弁護しておく)) にはいちいちフォローすることができない(またする気もない)。よって今年3月にイギリスでの機密漏洩(未遂)事件に絡めて日本の役所の保秘体制に疑問を呈したエントリから一部抜粋して、大海にさらに一滴を投下しておくことにする。誰かな? 「二階から目薬、だろ」なんて言ってるのは。


(以下抜粋)
つい先日、BBCのニュースサイトを見ていたら、イギリスの諜報担当官庁であるMI6の元職員が職務上知り得た情報を外部に漏洩したかどで逮捕・起訴された、という記事が目に留った。ちょうど昨年の年末にサマセット・モームを何冊か再読して、そのなかにはスパイを主人公とした『アシェンデン』もあったので、へぇと思いながらこのニュースも興味深く読んだ次第である(ちなみに文豪モーム自身、作家と”スパイ”の二足草鞋を履いていたことで知られていて、この作品は彼の経験に題材をとったフィクションとされる)。
BBCの記事は下記リンク。

2007年からMI6に勤務していたH氏は2009年5月に退職したのち、2010年3月1日の午後、ロンドン市内のホテルにて不法に機密を開示して(ある新聞によれば金銭目当てであったとのこと)即日逮捕された。起訴状の要点は次の二点である。

  • 2007年9月1日から2009年5月31日(在職期間)の間に為した窃盗(職務に関連のある電子ファイルを窃取した)罪
  • 2010年3月1日に、正当な権限無く機密情報を開示した(職員であった当時より占有していた電子ファイルを開示した)罪

犯行に着手したその日に逮捕、二日後には窃盗の事実も併せて起訴ということであるから、イギリス当局の対応はきわめて迅速である。その手際の鮮やかさからすると、おそらく当局はH氏の退職後(あるいは既に在職中から)彼をマークしていたのであろう。あるいは彼がホテルで接触した人物は当局がアレンジした、いわゆる駄目押しの”囮”であったのかもしれない(そう、『アシェンデン』読者の想像はどんどん膨らむんだよ)。もしそうであったなら、イギリス当局は機密漏洩を水際で防ぐことに成功したということになる。

(補記)この件に関するその他の参照記事

もし、同様の機密漏洩(あるいはその試み)というケースが日本で生じた場合、このイギリスのケースのように迅速且つ合理的な対応は期待できないのではないかという気がする。私は日本にMI6のような諜報機関があるのかどうか寡聞にして知らないのだが、たとえば自衞隊や警察の関係者が機密情報を漏洩せんとした際にかくも迅速かつ適切に摘発されたことがあるのだろうか。なおここで私の言う「適切」とは、機密の漏洩を「未然に防ぐ」という意味である。

たしかに日本でも公務員にはそれなりの守秘義務が課されていることは承知しているが、それはどちらかといえば公務員たるものの一般的義務としての守秘義務であって、事実上の「努力目標」にすぎないと言うべきなのではないかという気がする。そうした「一般的義務としての守秘義務」を課されている万を超える公務員のうち、ごく少数にせよ明確な犯意をもって機密(職務上知り得た秘密)を不法に開示しようとした場合にそれを阻止する手立てはあるのだろうか。私が過去に見聞した新聞その他の記事に徴する限り、日本では既遂の機密漏洩を事後に摘発することはあり得ても、上のイギリスでの事例のように未然に機密漏洩を防止しなおかつ公然とそれを訴追するということは、ひょっとすると行われていないのではないかという疑いを拭い去ることができない。

とはいえ仮にそうであるからといって私自身の日常生活には何の支障もないわけで、余計なお世話だよなという気もするのであるが、それこそ十代の頃からたとえそれが知らなくても良いことだろうとなかろうと、(まさしく活字中毒者として)片端から情報を摂取してきた私としては、日本の防諜体制についてもとりあえず「どうなってんの?」と聞いてみたいわけだ。それというのもしばしば新聞などでそれらしき記事を読みながら疑問を感じることがしばしばあって、それらのスクラップも当然私の手許にある。どうやらようやく私の「死蔵スクラップ」の出番が到来したようなのでそのなかから二つほど見てみたい。

福島県警は18日、同県郡山市の暴力団員から現金200万円を借りるなどしたとして、組織犯罪対策課の警部補(44)を停職6カ月の懲戒処分にした。警部補は同日付で依願退職した。監督責任を問われた当時の組織犯罪対策課長の警視(57)ら7人を本部長注意などの処分にした。
 県警監察課によると、警部補は郡山署に勤務していた2008年3月、暴力団員からワイシャツの仕立券5万円分をもらい、組織犯罪対策課に異動した今年2月には同じ暴力団員から現金を借りた。便宜を図るなど見返りは行っていないという。
 監察課によると、6月に郡山署に「貸した200万円をまだ返してもらっていない」と電話があり発覚。警部補は別の借金の返済に充てていた。現金は既に返済した。

「警部補が暴力団員から借金 / 200万円、福島県警が処分」(佐賀新聞) :2009年12月18日

  1. 組織犯罪対策課の警部補が、
    (→組織犯罪対策課は暴力団対策の主務課)
  2. 暴力団員から200万円を超える金品を受け取り
    (→暴力団は取締まりのターゲット)
  3. 便宜を図るなど見返りは行っていないという
    (→真偽の確認はしていませんということ)
  4. 依願退職した
    (→本人都合退職=軍隊風に言えば”名誉除隊”)

ためしにこれをイギリス情報機関になぞらえると次のようになるであろうか。

  • 国内治安を担当するMI5の班長が
  • テロリスト予備軍から金品を受け取り
  • 情報漏洩を察知されることもなく
  • 依願退職した
  • (めでたしめでたし)

もし仮に当人の言うとおり便宜供与がなかったのだとしても彼に同情する人は皆無ではなかろうか。

警部補クラスで200万円ならもっと上位の階級になればすごいことになりそうであるが、実際にそれを想像させずには置かない事例が時をおかずしてひっそりと報道された。

佐賀県警で組織犯罪対策課長を務める警視(54)が、多額の借金を抱えた末に自殺未遂を起こしていたことが分かった。
県警は25日、減給1か月(10分の1)の懲戒処分にし、警視は同日付で依願退職した。
 県警監察課によると、警視は10月30日未明、佐賀市内の自宅前に止めた自家用車内で練炭自殺を図り、一酸化炭素中毒に陥った。一命を取りとめたが、今月20日に辞職願を提出した。県警は25日の処分後に辞職を承認した。
 課長は数年前から消費者金融などに数千万円の借金があり、返済に窮していたという。監察課は「多額の借金や女性との不適切な交際など、公務員としてふさわしくない行為があった」と処分理由を説明している。

「警視が借金苦で自殺未遂、減給処分受け退職」(讀賣新聞:2009年12月26日)

  1. 組織犯罪対策課のトップが
    (→ —同上— )
  2. 不適切な女性関係と
    (→詳細の言及なし)
  3. 短期間で嵩んだ数千万円の借金とで
    (→出所の詳細・使途は公表されず )
  4. 自殺未遂を図ったが果たせず
    (→辞表提出の2ヶ月も前のこと)
  5. 12月20日ついに辞表を出して
    (→仕事納めというキリの良いタイミングで)
  6. 依願退職した
    (→ —同上— )

なおこのニュースについては(少なくともウェブ上では)朝日・読売以外の記事を見出せず、さらには朝日が読売よりも半日早く報道し且つ記事末尾に「この件について、県警は課長の辞職の事実のみを人事異動で発表していた。 」と記してあることから、朝日新聞のスクープであったのかもしれない。こちらの記事→「佐賀県警警視、借金苦で自殺未遂 減給処分受け依願退職」(2009年12月26日付)。なお読売の記事はこのエントリを書いている時点で既に閲覧できなくなっている。

以上が佐賀県警の事例である。こちらは女性関係だとか借金だとかが背景になっている(らしい)為、一見しただけでは同情の余地がありそうにも見えるが、しかし「組織犯罪対策課」という一種の対テロ部門の、しかもトップであるという事実は看過しがたいように思われる。暴力団は、組織的犯罪集団でありかつ暴力を背景として犯罪を実行するという意味ではまさしくテロ集団というべきだろう。そしてそのような組織的犯罪集団の取締まりを担当する部署では他の部署以上に厳格な情報管理体制が要求されるはずであるが、そのトップがカネとオンナという「弱み」を抱えて(あるいはそれと知らずに”持たされた”のかもしれぬが)しまえば、こういった組織(部門)としては致命的状況と言っても過言ではない。こういう組織からは情報がまさしく「ダダ漏れ」するのは火を見るより明らかであるから、まともな人はそういう組織は相手にしないかせめて(優しく)敬して遠ざける、ということになるのかもしれない。

このあともクドクドと論評を書き付けてみたが「豆腐の上にスックと立つ」ような真似はよすことに決めて削除した。せめて「歪み」だけは取り除くべきだろう、とだけは言っておく。とはいえ田舎県警には逆立ちしても無理なことなのかもしれないので、あとは矯正できる者が居るものと信じるほかはなさそうだ。

それはそれとして、公安職公務員には行政職より遙かに厳格な守秘義務を課すべきかもしれぬ。イギリスの事例と比較すると国家公務員法・地方公務員法で定められた守秘義務なぞ無きにひとしい。それよりもなによりも情報はいったん漏れたら取り戻すことが出来ない(事後的な対策が意味をなさない場合がある)ことに鑑みれば、日本の関係機関はまず内部の防諜体制を強化再構築すべきなのかもしれないが、外に厳しく内に優しいのは(個人情報保護法などはその典型例と言える)日本古来の麗しき伝統であるので、あとは殘念ながら新たな「敗戦」に期待するしかない、ということか。

(以上抜粋)

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「日本の不思議な役人」と情報流出 はコメントを受け付けていません。

『怒りの葡萄』を読み終えて

Posted in 海外文学一般 by UBSGW on 2007年9月26日

怒りのぶどうは甘かった。と、これではなんのことやら意味不明か。先日私はこの作品を悲劇と書いたが、そうではなかった
(いや、そうか!?)。ま、悲劇でも喜劇でもそれはどうでもいい。物語の終盤にこれでもか!これでもか!とうち続く不幸なできごと。ふだん物語に感情を移入させて読むことの少ない私ですら「おいおいおーい」(これは泣き声ではなくて慨嘆)。
最後の最後、まさにどんづまりのところで訪れる救済。そうはいってもハッピーエンドとはとても言えないが。

物語は常にハッピーエンドでなければならない。
不幸な出来事、不条理は現実の世界だけでたくさんじゃ。
しかし、スタインベックは(私にから見れば)きわどい結末をつけてみせた。

と、こんなことを今頃になってこれを読んだ私がクドクド書いてもちょっとね・・・。一言で言えば、「悲劇」というより「叙事詩」であった。ママゴトみたいな私小説なんぞとは一線を画す、いや、次元を画す。いやいや、しかし・・・当時のアメリカでこの作品がどのように評価されたのか気になる。もちろん随分と売れたのは承知してるが。私情をまじえないハードボイルドな文体ながら、明らかに資本主義への批判が読み取れる。いや、もう少し正確にいえば、スタインベックは資本主義批判へと読者を導いている。読者がそう読むであろうことを知って書いている。しかしまたこの作品はどこをどう読んでも「プロレタリア文学」ではない。

おそらくスタインベックの特徴の一つはそのラディカルさにあると見る。彼は、資本主義だとか社会主義だとか、はたまた共産主義だとかその他諸々の、誰が言い出したか言っているのかよく分からないような枠組みには頓着しない。しかし、おそらく彼のようなラディカルな人間は、端から見ればたぶん「胡散臭い」。「あいつは資本家のイヌなんだろーよ」「あいつはアカじゃねえか?」などと出来合いの物差しで計られ、出来合いの枠の中に無理矢理押し込められてしまうだろう。手足がはみ出していようが頭部がだらりと垂れ下がっていようが、そんなことには殆んど誰も頓着しない。とりあえず枠の内にあるように見えればいいのだ。それによって社会の平穏は保たれる。

そんなことを考えて、wikipediaをざっと覗いてみた。日本語版には当たり障りのないことしか書いていなかったが、英語版にはやはり、あった。

Steinbeck complained publicly about government harassment. In a 1942 letter to United States Attorney General Francis Biddle he wrote “Do you suppose you could ask Edgar’s boys to stop stepping on my heels? They think I am an enemy alien. It is getting tiresome. The FBI issued ingenuous denials that Steinbeck was not “under investigation”. In fact, Mr. Steinbeck was indeed the object of intense FBI scrutiny. He was not under investigation, which is a technical term used by the FBI when they seek to collect evidence in connection with a specific crime.

Wikipedia(en)
(以下、拙劣訳)

「スタインベックは政府のいやがらせについて公に抗議し、1942年に彼は連邦司法長官フランシス・ビッドル宛に次のように書き送った。『私のかかとを踏みつけないように[訳注]エドガー・フーバー(連邦捜査局長官)の手の者に言っておいてもらえませんかね。彼らは私を敵性国人とでも考えているようです。うんざりしております』[原註] これに対して連邦捜査局(FBI)は、スタインベック氏について「捜査中ではない」と言下にこれを否定したが、そもそも「捜査中」とはFBI部内の用語法で「ある特定の犯罪への関与を示すような証拠を収集するための捜査」を意味するのであって ーーーしたがってそもそも犯罪に関与したという具体的な嫌疑のないスタインベックについては「捜査中ではない」のは言うまでもないのであったのだがーーー 実のところスタインベックはFBIによる厳重な監視の対象となっていた。」

UBSGW訳

[訳注]:「私のかかとを踏みつけないよう(“stepping on my heels”)」とはもちろん「尾行されている」ことを皮肉っている。

(以上、wikipedia(!)英語版スタインベックの項の一部を私が翻訳したものですからそれなりに読んでください。)

さもありなん。

原著の刊行は1939年。この年は(村上春樹が『ねじまき鳥クロニクル』で取りあげた)ノモンハン事件で関東軍がソ連に大敗、さらに安倍晋三の先達とも云える平沼騏一郎がヨーロッパ情勢の激変に対応できずに「ポキッ」と政権を投げ出した年であり、さらには欧州で第二次世界大戦の戦端がひらかれた年であった。
はたしてこの70年の間に人類はどれほど変わったのか。日本でも、持てる者と持たざる者との二極分化が言われ、警察・軍部(=自衛隊)を含む行政機構の暴走・迷走が後戻りのできない地点を越えつつあり、「国民総役人根性」が猖獗を極めている。いまの私にとってはなんとも示唆に富む一冊でありました。

福田康夫新政権誕生の日に記す。


(追記1)
このエントリへのコメントにてDr.waterman氏がご指摘下さったとおり、ドイツ(を含む枢軸国)からの移民とその子孫は(しばしば?)FBIの監視対象となったので、これだけを以てスタインベックの”政治的”背景が当局から問題視されたと言うことは出来ない。なお原註によれば彼は妻が共産党に関わることに反対して、自身は民主党に加入したとのこと。

(追記2)
「悲劇」というより「叙事詩」と書いてみたもののどうもしっくりこない思いが残っていたのだ。あとで、まさにこれだっと思える一文を見つけたので記しておく。「悲劇の本質は、決して不幸にあるのではない。ものごとの仮借のない働きの厳粛さのうちにある」(ホワイトヘッド)「白頭庵熱弁〜文明論的熱弁その参」。直リンクはまずいのかもしれないのでトップページのアドレスのみ記す。
http://www.geocities.jp/hakutoshu/civilizationlog3.html#topofthispage

日本の孤立化(孤立か?)

Posted in 国際 by UBSGW on 2007年3月10日

アメリカと北朝鮮の間で進む緊張緩和。アメリカは対北朝鮮金融制裁の緩和・テロ支援国家指定の解除などを以て「北風政策」から「太陽政策」(「木漏れ日政策」?)へと鞍替えした模様(いつまで続くかは不明だが)。

心覚えに最近の米朝日交渉をまとめると次の通り。

  • 1/16~ 米朝事前協議(於ベルリン)
  • 2/8 ~ 6カ国協議再開(於北京)
  • 2/13  6カ国合意成立
    北朝鮮が寧辺の核関連施設を停止・封印
    北朝鮮へ重油5万トン相当の支援(オプションで最大100万トンまで)
  • 3/5 ~ 米朝作業部会 →対北朝鮮制裁緩和へ
  • 3/7 ~ 日朝作業部会 →進展無し

現在のところ、拉致問題を抱える日本はアメリカの対北宥和政策を横目に見ながらも強硬な姿勢を崩していない。外務当局者も大変な思いだろう。振り上げた拳をおろせないわけだ。アメリカの中間選挙で民主党が勝利(*)した時点でも、その後のアメリカの外交政策がいくらかなりとも変化するであろうことは日本当局者の想定の範囲内であったはずだが、その後も日本政府は事あるごとに対北強硬姿勢をアピールし続けている。
*中間選挙だけでなくネオコンの退潮も政策変化の要因としてしばしば指摘されているようだが、この二つを並置することには疑問がある。以下略(おいおい・・・)。

もちろんそれは日本国民向けにはそれなりに有効なのかもしれない。なにせ安倍政権の求心力はもはやそれしかないようにも見えている。が、国内世論を意識した強硬姿勢が結果として北朝鮮との外交的駆け引きにおいては手詰まり感をもたらしている。そうした中で安倍政権はどこに打開策を見出せるだろうか。

今のところ安倍政権は、小泉時代から引き続いて対米追従、いや正確には対ブッシュ追従方針を変えていない。アメリカの抱える中間選挙後の捻れた(しかし民主政治の枠内では想定の範囲内の)国政にどこまで追従できるのか。対外政策は行き詰まりを見せ、国内では統一地方選挙・参議院選挙が迫っている。結局、安倍首相はアメリカに振り回された挙句に政権を投げ出すか。

とはいえ、今の日本がアメリカに振り回されているとすればその最大の責任は名実共に安倍首相にあるだろう。単に国政のトップに立っているという形式的な責任のみならず、既に政権に就いた時点で爾来アメリカが今そうあるような捻れた状態に陥る可能性は小さくなかった(少なくともそうなる可能性は確実に存在していた)のであるから、それを考慮した上で対米追従方針を再検討ないし微調整するオプションを検討することは出来たであろうと推測する。それでもなお、小泉首相以来の盲目的なまでのアメリカ追従政策を踏襲した安倍首相の真意はいったいどこにあるのだろうか。

北東アジアでの孤立のみならず、太平洋の向う側にデンと構える唯一最大の「同盟国」からも背後から矢を浴びせかけられる現在の日本。このような、(一見すると)四面楚歌の状態にあってもなお、誰一人味方になるものはいないであろう従軍慰安婦問題に関して言わずもがなの自慰的で実りのない言動を繰り返して見せる安倍首相は、ひょっとしたら只の復古狂信主義者なのだろうか(たぶんそうだろう)。かつて独ソ不可侵条約の締結に際して「欧州情勢は複雑怪奇」という可愛くも世間知らずな言を残して政権を投げ出したのは平沼騏一郎であった。安倍首相もまた「北東アジア情勢は複雑怪奇」と仰っているかもしれない。しかしまた、他国への盲目的な追従がどれほど間の抜けたことなのかを安倍首相や外務当局者が理解できないはずはまさかなかろうと思われるから、そこには外からは窺い知れない深謀遠慮があるのだろうと邪推するしかない。

今後、振り上げた拳をおろすところがないからといって安倍首相がさらなる暴挙に出られることはまさかあるまいと思っている。が、本当に安倍首相が「国家百年の大計」をその胸中に秘しておられるのかどうかが疑わしくもなってきている。「歴史と伝統」をつまみ食いしていったい彼は何をやろうとしているのか。おそらく、国内に自閉的な「行政主権国家」をつくりだす一方で国際関係は支離滅裂となったかつての過ちもまた安倍首相のいう「歴史と伝統」のうちに含まれているのだろう。そして、その後再び日本に破滅がもたらされ、われわれはまたゼロから再出発し高度成長・右肩上がりの時代を迎えることが出来るのかもしれない。安倍首相のいう国家百年の計とはそういうことなのだろうか。

いずれにせよ次の二点は明白である。
引き際を考慮しない戦争は無謀である。
おろせなくなるような拳を振り上げるものは匹夫である。

私には、口先ばかりの(後先を考慮しない)アピールとハッタリの跳梁こそが戦後日本に見られる最も愚かな風潮だと思われるのだが、その愚行があらゆる局面で見出されるのが今の日本の現状である。そして歴史と伝統をまさに自ら破壊しつつある者どもが皮肉にも「歴史と伝統の尊重」を唱えながら尚いっそう日本を破壊し尽くさんとしている。

今わたしたちに必要なのは「かたくなさ」ではない。「したたかさ」である。


以上、UBSGWの内にひそむ頑固じじいがしきりに吠えていたので仕方なくここに書き付けました。UBSGW自身はもう少し情報を集めた上でじっくり考察した方がよいと思っているのですが、まぁ誰に害が及ぶわけでも無しと思い直して言われるがままリアルUBSGWに頼んで書いてもらいました。

さてさて・・・。