求道blog

苦い珈琲

Posted in 雑記 by UBSGW on 2008年10月4日

ひんやりとした空気が心地良く、落ち着いて何かに取り組むには良い季節が近づいてきている。ブログの引っ越しも終え、机の上もだいぶん片付き、何事も一段落。
それなりに気分良し。
ただ、行きつけのカフェに、頭のいかれた見慣れぬ客がしきりに顔を出しているのが鬱陶しい。マスターが店を畳みはせぬかといささか案じている(杞憂だとは思う)。他人様の言葉を逆手にとって因縁かますなんてことは畢竟チンピラと言うべきところ、そんな輩がリアル世界にもバーチャル世界にも散見される。
気分悪し。

最近、哲人皇帝の『自省録』なぞ読んでいる。神谷美恵子訳の岩波文庫版(神谷美恵子については以前このブログで書いたことがあったが、この本に関しては手に取るまで訳者が彼女であることに気づいていなかった。奇遇なり)。他人を攻撃するためでもなく自分をアピールするためでもなく金銭のためでもなく、ただ自分のために、ひたすら自分に向けて書かれた言葉が心地良い。しかし、おそらくチンピラはそうした言葉にさえ噛みつこうとするのである。他人(ひと)が自分に向けて書き自分に対して課した規範を取り上げ横取りした挙げ句、「あんさん言ってることとやってること違うやないのぉ?」。
始末におえんものは始末せよ、と、そう言いたい(言ってるか)。

ローマ皇帝の内省の言葉を読みつつ、一方で『恋愛指南(アルス・アマトリア)』を読む。言わずと知れたオヴィディウス著。一時の流行詩人はまさにその功によって身を滅ぼした。彼はこの著作に絡んで放逐され、僻遠の地で生涯を終えたのであった。この文庫本の解説に従えば、そもそもこの(一見すれば)恋愛ハウツー本、一種のパロディとして書かれたにもかかわらず、真に受けた(若しくは真に受けたふりをした)権力者によって、彼を破滅に陥れる足がかりとされたのであるそうな。

たしかにこの”指南”本はこう結ばれている。

たわむれも終わりだ。われわれの乗った車をそのうなじで曳いてきてくれた白鳥たちから降りるときが来た。前に若者たちに頼んだように、今度もまた、私のもとに参集した女たちよ、戦利品の上にこう書きつけるがいい、「ナソが師であった」と。

オウィディウス著・沓掛良彦訳『恋愛指南 ーアルス・アマトリアー』(岩波文庫)

チンピラヤクザも権力者もキチガイも、やってることはみな同じである。
いまさら、だな。

苦い珈琲 はコメントを受け付けていません

『神谷美恵子 聖なる声』

Posted in 書籍一般 by UBSGW on 2007年6月8日

精神科医神谷(前田)美恵子の評伝。

ずいぶん前のことだが、美智子妃と縁のある方だということを耳にしたことがあった。そのせいで野人にはあまり縁がなさそうに思われた本ではあったが、何気なく手に取ってみたところ大層面白く、あっという間に読了。

「皇室とのご縁」などと聞いただけでもうなんだか、良い家柄に生まれたお嬢さんがすんなりお医者様になってすんなりハンセン病に携わり、すんなりご結婚なさってすんなり業績を上げられすんなり皇室に出入りなさったのであろうよ、などと思った私はこの女性を見誤っていたようだ。
この本を読んだ限りでは神谷美恵子という人は挫折に次ぐ挫折をも経験した人であったようだ。

父は内務官僚から後藤新平の引きで東京市助役に転じ、新渡戸稲造との縁で国際労働機関日本代表に就任、ニューヨーク日本文化会館館長を経て戦後は文部相にもなった前田多聞。幼少の頃よりスイス・日本・アメリカに学び英仏語のみならず古典語にも秀で、バッハを愛し文学にも造詣の深かった才媛。
と、彼女の閲歴を書いてみる。

まるで曲折がない。

しかしその実、曲折だらけの人生。
婚約者との死別、結核罹患、回復後、迷いを抱え込んだままのアメリカ留学、ハンセン病との出会いと周囲の反対、二十代半ばからの医学修行、日米開戦を目前に帰国、秀でた語学能力が災いして雑務に追われる生活、三十路すぎての結婚・育児。創作意欲を発散できぬ現実生活。四十を過ぎてようやく年来の宿願であるハンセン病への取り組みを開始するも育児や食い扶持稼ぎに追われる。

淑やかな表情のまま自らのデーモンを馴致し、不屈の意志で自らの人生を切り開いた女傑がここにもいた。
温容の女丈夫なり。

[amazon asin=’4062087154′ type=’banner’]

Tagged with:

『神谷美恵子 聖なる声』 はコメントを受け付けていません